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連載小説=移り住みし者たち=麻野 涼=第80回

ニッケイ新聞 2013年5月23日

「日本に帰国する時に、黒人の嫁や混血児を連れて帰るなんてできるはずがない。それに子供がガイジンと結婚すれば、孫に流れる日本人の血は二分の一になる。孫がガイジンと結婚すれば三代目の血は四分の一になってしまう。血の純血が守れないということは民族的自殺に等しい。混血結婚を繰り返せば、大和民族の血がいずれは絶えてしまうことになる」
 しかし、野村の孫にあたるジョゼはモレーナと結婚し、すでに曾孫も誕生している。
「ジョゼとリタの結婚には複雑な思いがあります」
 温厚そうな野村が厳しい表情を浮かべた。
「児玉さん、リオ・グランデでも見にいってみませんか」
 野村峯夫が誘ってくれた。グァイーラは内陸部にあるせいか、日差しは強く三十分も歩いていれば熱射病にかかるのは間違いない。空気が乾燥しているので、家の中に入るか、街路樹の木陰に入れば、その熱気からは逃れられる。
 夕方になっていくぶん暑さは和らいだが、家から一歩出れば汗が噴き出る。かつて移民が米作りに入った地域を自分の目で確かめることができる。児玉は「是非お願いします」と答えた。
 ジョゼが運転するフスキンニャで、リオ・グランデに向かった。街を出ると、フスキンニャは幹線道路を北上した。道の両側は二メートル以上あるサトウキビの畑で、なだらかな起伏が地平線の彼方まで続き、その中を道が真っ直ぐに延びていた。
 三十分ほど走り、隣の街のミゲロポリスに通じるインターチェンジを降りた。街を通り抜けさらに郊外に出ると、テーハ・ローシャと呼ばれる赤紫色の土が剥き出しの農道に出た。道路の周囲にあるサトウキビも牧草も、車が走った後に舞う土埃で赤紫色に染まっている。
 小高い山の頂きに到達すると、眼前に蛇行しながら流れるリオ・グランデが広がった。夕日を照り返し、プラチナのような光沢を放っている。フスキンニャは坂道を走り、川岸に着くとエンジンを切った。川幅が数キロと聞いていたが、対岸はすぐ目の前に見えた。
「あれは対岸ではなく、イーリャ・グランデと呼ばれる島なんです」
 野村が説明してくれた。下流にダムが建設され河の水位が上昇し、島の面積は狭められていた。
「直線距離にして対岸までは八キロほどあります。昔はあの島に日本人が入り、陸稲を栽培したんです」
 リオ・グランデ流域に移動してきた移民は、最初は舟で島に渡り、米作りに励んだ。移動の時間も惜しんで、島に小屋を作りそこで寝泊まりした。
「稲が黄金色に輝き始めた頃、バタバタと人が倒れていった。マラリアが発生したんです。あの島にどれだけの日本人が埋葬されているのかわからないほどです」
 結局、稲の収穫を放棄して島を捨てるしかなかった。
「マリーナの父親はあの島で生まれました」
 野村は故郷に錦を飾ることを夢見て、一家はその後もリオ・グランデ流域を転々としながら生きてきた。野村峯夫、カノの間には二男三女、五人の子供が生まれたが、いずれも二重国籍になっていた。
 三女の豊子が成人した頃、一家はミゲロポリスで野村は雑貨店を営んでいた。
「モレーノと恋愛をしおって、結婚を認めんと言ったら家出をされて……」
 野村たちは豊子の行方を追った。しかし、どこに潜んでいるのか突き止めることができなかった。豊子は結婚を認めてもらえるまで、家には戻らないとこの島に身を潜めていたらしい。
「豊子さんは結局どうされたんですか」児玉が聞いた。
 野村は言葉を濁したが、二人の結婚は最後まで認められなかったようだ。豊子は後に日系人と結婚した。


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