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コラム 樹海

ニッケイ新聞 2013年8月13日

 石見神楽、金のしゃちほこ、鵜飼い、がまの油—。実は、いずれもかつて住んだ事のある土地に繋がるもので、各々の土地にはそれなりの思い出も懐かしさも感じる。だがその一方、その土地の人なら当然知っている、知っていて当たり前だと思う事を知らないもどかしさもコラム子は感じる▼「故郷は」と訊かれても、躊躇せず〇〇県と言えない自分に気づいたのはいつだったか。ある会合でその土地の人なら(常識的日本人ならかも知れないが)当然知っているはずの事に答えられないという経験をした夜、改めて、日本には10年以上続けて住んだ土地がない事に気づいた▼言語学の世界では、二言語以上を併用する人は精神的無国籍者になる可能性があると言うが、自分の故郷はどこと胸を張って言えない自分は、ある意味で無国籍者的存在なのではと考えてしまう▼ブラジル到着から20余年、サンパウロ市が最も長く住んだ場所だと聞き、「ブラジルが故郷ですね」と言ってくれる人もいる。しかし、ブラジル化してもなお日本人である部分を残し、素直に「そうですね」といえない自分もそこにいる▼子供達は皆ブラジル色に染まっているが、日伯の料理が混在する食卓や日本語とポ語が入り混じる会話などから形成されたアイデンティティは、ブラジルに住む日本人なのか、日本的なものを知るブラジル人なのか▼移民として生きてきた大先輩達は何度も「子供を何人として育てるつもりか」と問われてきた事だろう。自身の根っこの浅さに気づいて以来、子供達には「揺るがぬ根っこ」と共に「自由に飛べる翼」を持って欲しいと改めて思う。結論を出すのはあくまでも子供達だから。(み)

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