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連載小説=日本の水が飲みたい=広橋勝造=(17)

ニッケイ新聞 2013年10月4日

 中嶋は、まずスープから有り難くいただいた。温かいスープに『観音』さまを感じ、スープは喉から食道を温め、余りにも空腹で痛かった胃を治め、そして、非常事態だった身体の隅々まで安堵の通達を出させた。
 この一さじの『観音』とんこつスープで、中嶋は、親鸞が起した『浄土真宗』の本尊にも採用された『西方極楽浄土』を司り、来世(あの世)の安らぎを世話する『阿弥陀如来』の慈力で地獄から世俗を通り越し、一気に極楽浄土へ駆け上ったような幸せを理屈ではなく身体でもって経験した。
 その、死者を極楽浄土に導く『阿弥陀如来』に替わってバトンタッチされた天台、真言等の密教本尊でもある『東方浄瑠璃世界』の教主で現世(この世)の安らぎを願い、延命を司る『薬師如来』が現れ、十二誓願の中の一つ『飲食安楽』(餓えと渇きに晒された者の苦しみを取り除く)を願い、中嶋がとんこつラーメンを食べ終わるまで見守って下さった。
 中嶋は、一杯のとんこつラーメンでお二人の如来さまのご利益を感じ、その偉大なご利益で見違えるほど元気を取り戻した。
「ご馳走さまでした。こんな美味しいラーメンは初めてです」
「腹へっていたからですよ」
「いえ、ほんとうに・・・、ありがとう御座いました。ブラジルはラーメンが一般に普及しているのですか?」
「三十年前からインスタントラーメンが殆どのスーパーにあります。ブラジル人はラーメンではなくミョージョーと言います」
「ミョージョーとはあの明星ラーメンのミョージョーですか?」
「そうです。ミョージョーの名の方がラーメンより先行してしまいました」
 夕方、ジョージは仕事を早めに切り上げ、旅僧を東洋街に近い自分のアパートに案内した。
「独り暮らしですから、今夜はここで気楽に寛いで下さい。気が効いた接待は出来ませんが、夕食は自慢料理で」
「よかったら私が」
「いえ、とんでもない。中嶋さんは疲れているでしょうから」
 自慢と云ってもジョージが出来るのは、得意の『S&B』即席カレー、それに東洋街の中国人輸入食品店で買ったゴマ味入りの五木即席ラーメンにハムやチーズをあしらった程度のものである。今夜は冷蔵庫の中の乏しい事情もあって、失敗がないベーコンをバターで炒め、塩、こしょうで味付けしたスパゲッティにワインを開けてなんとか恰好をつけた。

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