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連載小説=日本の水が飲みたい=広橋勝造=(35)

ニッケイ新聞 2013年10月31日

「おっしゃる通り、この日本の十倍以上もある広いアマゾナスでも極楽浄土は極僅かしかなく、インディオは、それを守るために地獄の戦いをします。アメリカの西部劇で侵入して来た白人をインディアンが襲う場面がありますね、あれは本当です。ですが、映画の様に略奪ではありません。それにインディアンが野蛮だった訳でもないのです。インディアンにとっては侵入者から極楽を守る事、つまり死活問題だったからです」
「西谷さんはインディオ達も住まないジャングルの地獄に入ったのですね」
「トメアスは陸の孤島として第二次世界大戦中、収容所にもなった所です」
「収容所? とは、誰が誰を収容したのですか?」
「ブラジル政府が敵になった枢軸国の者を収容したのです」
「スウジク国・・・、とは、あの三国同盟諸国の日本、ドイツ、イタリアの・・・」
「そうです。大戦中、アマゾン、特にベレンの町にいたスパイ容疑の枢軸国の者は全てトメアスに隔離収容されました。当時、ベレン市内にいた百家族ほどの日本人達も大変な目にあいましたが、カフェ輸出に必要な袋の原料であるジュートを栽培していた事で他の移住地で起こった土地凍結や接収は免れました」
「アマゾン移民の方達にはいろんな苦労があったのですね・・・。で、トメアスでは主に何が栽培されたのですか?」
「トメアスでは、今言ったジュートに始まり、西回りの戦前移住者が途中の東南アジアで買った数十本の苗が発端となった黒コショウです。これが大当たりして、一回の収穫で御殿が建ったと云う時代がありましたが、その後、苗に病気が出て全滅状態になりました。その後の努力で、今また世界一のコショウ産地になりつつあります」
「西谷さんは?」
「私は戦後移住のそれも失敗組です。ライフルとファッコンと云う超大のナイフと水ガメ以外は何もない、ジャングルの奥でカッコよく原始的な生活をしたわけで、若さだけが武器の無謀な挑戦でしたね。直ぐにライフルの弾も尽きタンパク質確保が出来なくなって病気になり動けなくなりました。・・・、病気にかかったのはライフルの命中率の悪さだったのかな、ハッ、ハッ、ハ。・・・しかし、あの頃が何故か懐かしいですね」
 西谷は、感慨深く、遠い昔を追うように視線を遠くに泳がせ、
「大自然に真正面から立ち向かうなんてほんとうに無謀でした。今考えれば、インディオの様に自然と調和して暮らせば良かったと思います。ま、そんな中で、私は生残れて幸運でしたよ」
「幸運な生残りですか・・・」中嶋和尚はその裏で無念に亡くなった多くの開拓者達を思い浮かべた。
「私が、トメアス耕配地に貴方を連れて行きたい理由がおわかりいただけたでしょう」

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