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連載小説=日本の水が飲みたい=広橋勝造=(53)

ニッケイ新聞 2013年11月30日

「そうでしたのですか」
「気がつくとベレンの日伯援護協会病院にいました。一週間後でした」
「助かってよかったですね!」
「ええ、学移連(日本学生海外移住連盟)の後輩がサンパウロ大学の人文科学とか云う所から依頼を受け、何かの調査の為に尋ねてきたのです。それで、偶然に助けだされました。奇跡でした。二、三日遅れていたら死んでいたそうです」
「西谷さん、観音さまのような方が現れた、と言われましたが、もしかして延命を司る『薬師如来』さまかも知れませんね」
「ハッキリ覚えていないのですが、サンパウロの食堂に居座る仏像に似ていました」
「食堂に仏像があるのですか?」
「あの時見たのがあの食堂の仏像に似ていました。そして、その像がインディオの戦士に変わったのですよ」
「ええっ、インディオが現れたのですか? そう言われれば、飛行機からアマゾンの大自然を眺めた時、そこに仏の存在を感じませんでした。私と同様に、仏さまにとってもアマゾンは未知の世界の様ですね」
 急にジープの速度が落ちた。
【(アナジャス軍曹!工事で一車線通行になり、逆方向の車待ちです)】先行車から無線連絡が入った。
「(こちらを優先する様に、軍命令だ)」
【(承知しました)】
 二十分後、一方向だけが通行できる難工事の区間五キロ余りを通った。
「(ニシ・タニサン、未開の様な密林に入ります)」その言葉と同時に四駆のジープが揺れ始めた。
 前方の密林にポッカリと黒い口が現れ、先頭のジープがその口の中に吸い込まれた。それは大きな悪魔に飲み込まれていくようであった。
中嶋和尚達の車も続いた。周りが暗くなりヘットライトを点けた、中嶋和尚は急な温度変化で肌寒さを感じ、少し身体が震えた。
「いよいよ密林です」
高い大木で包まれ、中嶋和尚は、地球中空説に出てくる様な未知の世界、超常現象の別世界に飛び込んだ気がした。
「いま通った密林の入口は『閻魔大王』がいる様な所でしたね」
「死者を地獄に落とす方ですよね」
「いえ、そんな方ではありませんでした。古代インドでは太陽の子で『この世で初めて死んだ者』と云われ、あの世への道を発見し、死者が出れば自分の天上の楽土へ導いてくれていましたが、紀元前二世紀になって、死者が正しい事を言えば微笑み、嘘を言えば怖い表情になる『人頭幢(にんとうどう)』と云う嘘発見器みたいな杖を持ってからは今の役割をする神になり、そして、お釈迦さまに説得されて仏さまになったのです」

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