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連載小説=日本の水が飲みたい=広橋勝造=(59)

ニッケイ新聞 2013年12月10日

「第三トメアスです」西谷が今度は冷静な口調で言った。
「昔の面影は全くありません。ここも立派な町に変わっています」
 小さな町だが、夕方とあって町の中心の酒場には一日の仕事を終えて集まった男達で賑わっていた。十数人の日系人も混ざっていた。
「電気も引かれ、スーパーもあり、あれは?! 救急病院だ、公衆電話も」
 賑わった一角を通り過ぎると、警察署と扉を閉めた市役所と銀行があった。
 ジープは国旗、州旗と軍隊旗を掲げた警察署の前に格好よく止まった。
 予め連絡してあったのだろう、警察署から、三名の軍警と四名の兵隊が走り出て横に並び、敬礼をしてアナジャス軍曹一行を迎えた。軍曹達は、敬礼に応え、警察署の中に入った。
 西谷に続いて車から降りた中嶋和尚は、ジャングルの長旅でガタガタに崩れた身体を長—い背のびで整えた。その時、町を取り囲む密林が騒ぎ、今まで経験した事の無い、恐ろしい力を感じた。


第七章 生還

 アナジャス軍曹が挨拶を終え警察署から出てきた。
「(ニシ・タニサン、この町にはホテルがありません。それで、日本人経営のペンソン(ペンション)に泊まります)」
「(日本人の!?)」
「(この隣です。車は給油に回しますので荷物を降ろさせます)」
「中嶋和尚、ホテルではなく日系人が経営するペンションに入ります」
「ペンションとは?」
「日本語でなんと云うのかな?『宿』かな? 食事が出ないホテルです」
 兵が荷物を車から降ろすと、隣のペンションへ運んだ。
 荷物の後に、アナジャス軍曹を先頭に西谷と中嶋和尚が続いた。
アナジャス軍曹が奥を覗きながら、
「(誰かいるか!)」
「はーい、ちょっとエスペラ(まってくれ)!」返事を日本語とポルトガル語でごちゃ混ぜして日本人が言葉通り少し遅れて出てきた。
 その日本人を見た西谷が、
「おおっ! ユサさん、遊佐さんじゃないか!」
「?!」そう言われた日本人は西谷を見て、それから、目を瞑って考え、器用に片目を恐る恐る開き、
「もしかするとー、トゥクマン農園の・・・」
「そう、トゥクマン農園の」
 それを聞いて両目を大きく開いて、
「ニ、シ、谷さん?」

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