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連載小説=日本の水が飲みたい=広橋勝造=(64)

ニッケイ新聞 2013年12月17日

「?! 省吾? あの省吾? 日本語を学びたい一心に、我々の小屋を毎晩訪れ、水運びを手伝って、あの少年が!? こんなに大きくなって!」
「もうあれから三十年ですよ」
 遊佐氏が、
「省吾が日本人会長に選ばれると、最初にやった事が、西谷さんの墓標を立てる事でした」
「すんません西谷さん」
「遊佐さん! 失礼しまーす」又、日本人が入って来た。
「おー珍しい、尾崎さん、久しぶりですね」
「妹に会おうと思って、たまたま町に来て、何かニュースでもないかと日本人会に寄ったら省吾がここに居ると聞いて、それで」
「西谷さん、紹介します。クワトロボッカ(四つの口)農園で新しい自然農法で熱帯の果物を栽培されておられる・・・」
「パラナ州から来ました尾崎です」
 それに応えて西谷が、
「西谷です。はじめまして。その自然農法とは?」
 遊佐が尾崎に代わって、得意げに、
「密林をそのままソットしての農業ですよ。私達は自然農法と云っていますが、森林農業と云うのが正しいそうです」
「森林農業?」
 それ以上説明出来ない遊佐に代わって尾崎が、
「無理して単一作物の農園を造らず。密林に溶け合って作物を植え、収穫する方法です。そうする事で、植物同士が助け合って病気にも耐え、乾季や雨季にも耐える環境が生まれます。作物の種類も増え、農薬や化学肥料もほとんど必要とせず環境問題まで解決しました。その利点を考えますと、明るい見通しですが・・・、どうしてでしょうかねー、調子に乗って大規模農業を考え、ついつい単一作物農法にしようと欲が出るのですよ。そこが課題ですね」
「遊佐さん!」ペンソンの二階から泊り客が降りて来た。
「あっ、もう帰っておられましたか、どうぞー台所へ」
「失礼します〜」関西訛りの、背の高い男が入って来た。
「西谷さん、この方は先週からお泊りの、アマゾンで熱帯魚を採取してサンパウロのー、えーっと・・・」
「カラグァタトゥーバです」
「知っています。サンパウロの海岸線を北に上がった観光の町ですね」
「その町で熱帯魚を養殖して、日本へも輸出されているマツエさんです」
「西谷と申します。確か、東京農大の方で『身近なアマゾン』とか云う本を出版された熱帯魚の神様・・・」

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