ホーム | 文芸 | 連載小説 | 日本の水が飲みたい=広橋勝造 | 連載小説=日本の水が飲みたい=広橋勝造=(67)

連載小説=日本の水が飲みたい=広橋勝造=(67)

ニッケイ新聞 2013年12月20日

 一人の中年男が西谷に、
「この坊さんの宗派はなに宗ですか?」
 西谷に代わって中嶋和尚が、
「宗派はありません」
「宗派がない? それじゃー、坊主じゃないじゃないか!」
 西谷が、
「どうしてそんな事言われるのですか。サンパウロの宮城県人会では宗派がない事で、無事に法要が営まれました」
「それ、どう云う意味だ?」
「ここでも、皆さん各自、宗派を持っておられると思います。厳密には、各宗派のお坊さんを集めて合同慰霊祭を行わなくてはなりません。だから、彼の様に宗派に捉われないお坊さんは、今回の様な慰霊祭にはうってつけだと思いますが」
「しかし、宗派のないボーズはニセ坊主じゃー」
「えっ、ニセもの!」温厚な西谷も怒り出した。
 それをなだめる様に、中嶋和尚が、
「確かに、宗派がない僧侶はニセ坊主と言われても仕方ありません。・・・、聞いて下さい、昔、教えに悩み、どの宗派にも基せず邪教とまで呼ばれながらも『法華経』が仏教の真髄だと自分の信念を貫き、『南無妙法蓮華経』を唱えれば願いが叶うと説き続け、どの宗派にも従属しなかった日蓮と云う僧侶がいました」
「日蓮さんはそんな方だったのか?」
「そうです。それに他宗を徹底的に認めず、幾度も法難にあって、彼の生涯は壮絶でした」
「そうか・・・。実はわしの家は日蓮宗だ。お坊さん失礼した。ニセ坊主なんて言って、許してくれ。で、おっしゃる通り日蓮宗は他宗を認めないが、どうしょうか、と困っておる」
「問題ありません。今回は日蓮宗でやりましょう」
 中嶋和尚が画いた図を基に、皆が準備に走り、約束の翌日の午前十時きっかりに、図よりも立派な祭壇が出来上がった。
 二段になった祭壇に、レールに引っ掛ける小さなローラーが付いたままの白いカーテンが敷かれ、両側に大きなアマゾンの蓮の花、祭檀の中央に、トメアスで一番古い移住者の古瀬子さんから借りた仏壇が置かれ祭壇らしくなった。
 その前面にお供え物のアマゾンのエキゾチックな果物と花が所狭きと並べられ、その周りに写真や名前が記された記録帳代わりの紙が置かれた。誰かが金縁の額に納められた昭和天皇御夫妻の写真を持ち込んでいた。
 中嶋和尚が大事に持ってきた御鈴(かね)と、線香立てに丁度いい煮豆が入れてあった器がその下の段に置かれた。最後に、中嶋和尚の座布団と同じ大きさの座布団にあのニセ坊主と言った中年男が持ち込んだ大きな木魚が置かれ準備が整った。
 慰霊祭会場には予定以上の八十人近くの日本人が集り、かなりの人が座れなかった。彼等は持参した果物の出荷用の木箱を椅子にした。昨夜、このニュースを聞いた第一トメアスからも十数人がトラックで駆けつけた。

image_print