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コラム 樹海

ニッケイ新聞 2014年1月17日

 「なぜブラジル人は抗議行動としてバスを焼くのか?」という疑問が長年頭から離れない。例えば年初の13日間だけでサンパウロ市周辺で11台ものバスが焼かれたとの報道があった。バスの値段は平均50万レアルだから、損害額は550万レアルにもなる▼ネット検索してみたら騒乱、民族テロ、犯罪の一環として非日常的に起きることはある。だが経済状態も悪くない〃平時〃の国で、日常的にこんな多数のバスが焼かれているところはない。ある意味、ブラジル社会の特徴だろう▼昨年12月16日朝のグローボTVで、バス会社の経営者は「プロテスト、マニフェスタソンの多くは交通機関と関係のないのに、なぜかバス放火で終わる。例えば洪水でも、軍警と衝突しても結局はバスが焼かれる」と嘆いた▼まるで黒魔術の〃犠牲の山羊〃のように次々に血祭りにあげられ、火の点いたバスの周りで興奮した民衆の様子がテレビで映される。まるで大衆の憂さを晴らすガス抜き装置として、バスを焼く〃儀式〃が社会的に機能しているようだ▼12年に壊されたバスの総計は688台、昨年は1216台と倍増したと同ニュースは報じた。昨年6月の〃抗議の波〃が一番ひどかった時は85台も一日で壊された日があった。焼かれたバスだけ見ても一昨年の53台から昨年は63台▼バス会社は損害を運賃に転嫁する。結局苦しむのは抗議とは無関係の一般市民だ。抗議対象になりやすい政府や警察は痛くも痒くもない。「プロテストはいいけどバスを壊すのは犯罪」とはバス会社の弁。当然だ。もしかして〃社会的なガス抜き〃のためにわざと犯罪を放置しているのか。(深)

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