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コラム 樹海

ニッケイ新聞 2014年1月21日

 サンパウロ市カンポ・ベロ区の何の変哲もない小さなカフェ(喫茶店)に入ったら、メニューにアイスコーヒーがあった。どこでもほぼカフェジーニョかエスプレッソの一点張りの当地としてはごく珍しい。「コーヒーの選択肢が増える兆しか」との期待を抱いた▼というのも、世界最大のコーヒー豆輸出国であるはずの当地には、なぜかカフェが少ない。輸入すると高く付くせいか豆の種類も選べない。カフェらしいカフェといえば、仏系フランズ・カフェや06年に初出店した米国系スターバックスくらいか▼コーヒーを輸入に頼る日本では、なぜかカフェ文化が満開だ。水野龍が最初に銀座に開いた「カフェ・パウリスタ」では、大正期の小説家などの文化人が熱い議論を交わし、熟考できる雰囲気を楽しんだ場だった▼カフェは17世紀初頭にトルコで誕生し、後に欧州に広がったという。上流階級の社交の場、知識人の議論の場として栄えたが、時の為政者に禁じられるほど文化を醸成する〃危険な〃場所だった▼フランス革命当時、その主要舞台となったパリのパレ・ロワイヤル広場の近隣には、最新のカフェが立ち並び、田舎から出てきた文士、弁護士、医者、学生が市民と、あるべき政治を論じ合っていたという。つまりカフェは歴史上初めて、階級を超えて開かれた政治的な議論をできる場として機能したと言われている。それを日本に持ち込んだのが、水野だった▼都市文化の発展と共に増えるカフェは、文化的成熟度を示す指標でもあるようだ。世界最大の豆産地にはカフェが少ないというのは、元植民地国ゆえの歴史の皮肉か。どおりで当地の珈琲が苦いわけだ。(阿)

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