ホーム | 文芸 | 連載小説 | 日本の水が飲みたい=広橋勝造 | 連載小説=日本の水が飲みたい=広橋勝造=(82)

連載小説=日本の水が飲みたい=広橋勝造=(82)

ニッケイ新聞 2014年1月22日

『成仏して、仏様達に守られ、苦しみの無い浄土で安らいで下さい』

《成仏出来ません。先に死んだ幼い妹も含め、まだ行方不明の霊がいっぱい居るのです。妹の霊はどこに宿ったのか、それともこのジャングルをさ迷い続けているのか・・・妹を残したままでは、とても・・・》

『行方不明の霊がまだ!?』

《はい、まだいます。私の妹に会う事ができません。お願いです、和尚さんの力で捜し出して下さい》

『約束します。私はまだ修僧です。修行を重ね、必ず捜し出します』

《俺達はこのままジャングルに忘れ去られるのだ》と別の霊獣が中嶋和尚に迫った。

『そんな事ありません。この宴会を観てください。貴方達の貴重な命の上に成り立って開く事が出来たのです。貴方達への感謝の気持ちを伝える為にこのお祭りのような宴会も開かれたのです。皆に代わってお礼申し上げます。この宴会は貴方達の冥福を祈り、決して貴方達を忘れないように、貴方達と一緒に酒を酌み交わし、騒いでいるのです』

別の霊獣が、

《俺達はこの無限のアマゾンを征服しようとした無駄な犠牲だったのだ》

『犠牲ではありません』

《いや、ただの犠牲だったのじゃ!》

『生者は死者を自分の都合で忘れ、自分を正当化するために死者の歴史や評価を勝手に変えます。例えば、戦争で国家から強要され、名誉の戦死と扇動され多くの若者が犠牲となりました。ところが戦争が終わると、その犠牲はなにも存在しなかったかの様に現代人に忘れ去られてしまいます。ですが、このトメアスの日本人はあなた達を決して忘れる事なく・・・』

《俺達の事を忘れず、慰霊祭と盛大な宴会を開いてくれた。しかし、それで・・・》中嶋和尚の肩にたくさんの霊獣化した先駆者の魂が重くのしかかっていた。

― 中嶋和尚は、西谷が飛行機の中で話した『藤川辰雄』の話を思い出した。

アマゾン中流のパレンチンスで日本人墓地の無縁仏を訪ね、そこで野鳥の鳴き声を亡霊のすすり泣きと感じ、それが切っ掛けで出家し、アマゾンを放浪してビラ・アマゾニアと云うジャングルの中に四十年以上誰も訪れる事がなかった日本人無縁仏の墓地を発見、その後、私財を投げ売って伊豆大島の富士が見える丘に、海外開拓移住者菩提、富士見観音堂を建立し、それから、数年後、発見した無縁仏の墓地を対岸から弔い、そして、アマゾン河に入水して消息を絶った彼の謎だ。中嶋和尚はその謎が解けたように思えた。彼はきっとジャングルをさ迷う霊獣達の怨念を癒すため、最後に命を捧げたのだ。―

image_print