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連載小説=日本の水が飲みたい=広橋勝造=(134)

ニッケイ新聞 2014年4月10日

【終戦後の食糧難や人口問題を解決する為の廃民政策がそのまま改政されず残念だと総領事が洩らしていました。それに、日本政府は二重国籍の問題でブラジル政府の立場を尊重しているとも言っていました】
「ブラジルはそんな事気にしません。もっと寛容な国です。逆にブラジル政府の発想は、二重国籍の国民を誇りに思い、財産だと思っています。国民は堂々とそれぞれの文化をブラジルで保ち、それで、ブラジルには多くの国の文化が定着するのです。日本文化もブラジルの文化の一部になるチャンスがあるんです」
【日本文化がブラジルの文化にですか?】
「ブラジルは先進国、特にヨーロッパに憧れ、その文化を受け入れ、自国の文化として来ました。それは、十五世紀に南米大陸が発見されてから歴史が始まった移民立国の宿命なんです。日本文化に対しても、凄い憧れと尊敬を持っています。その日本に与えられたチャンスが国際的遠慮なんて云うつまらない発想で失われて行くなんて・・・。それに、せっかく日系社会が築き上げた日本人に対する信頼や日本文化の砦を、一世、二世の区別で寸断し、失ってしまうなんて、・・・本当に残念です」
【もっともだと思います。そう言えば、他の国の移民の方に二世、三世に匹敵する言葉がありませんね】
「ないとは言えませんが使われないですね。だからニセイ、サンセイ、ヨンセイはそのままブラジルの正式な言葉として使われるようになりました」
【日本文化を寸断する言葉が日本の文化として残るなんて皮肉ですね。そう言えば、ハワイ語から、近年、米国本土の言葉となってニセイ、サンセイが正式に使われるようになったそうです。総領事の話ですが、ブラジルでも米国でも、その奥には、二世の素晴らしい実績と活躍、愛される人柄があったからこの言葉が使われる様になったと言っていました】
「ところが、一方では、ニセイ、サンセイの言葉は日本の自国民に対する差別用語なんですよ」
【う〜んなるほど、そうですね。貴重な意見、ありがとう上村さん】
「ニシ・リョウジ、この話は、この辺で止めましょう」
【二世の方と・・・、おっと、失礼しました。ブラジルでお生まれの方と呼びましょう。この問題をこんなに率直に語り合ったのは初めてです。もう一度、機会をつくってゆっくり話したいですね】
「ブラジル日系二世を特別な者と位置付けしないで、カタコトの日本語を話し、ブラジル人と日本人の二つの魂を持った『特別仕立ての日本人』として下さい。では、森口の情報をいただけませんか」
【話が逸れて、どうも・・・、ちょっとお待ちください。こちらにある情報で・・・は・・・、ニューヨークに居るとされていましたが、先週になって、ブラジルにいる事が判明しました。が、その後の行方が分かっていません】
「入国したのは五ヶ月前ですよ。それで、モリグチ氏は何をしでかして・・・」
【森口は盗みを働いて米国に逃げ、捜査の目を紛らわせる為、アメリカ国内を飛び廻り、最後に、手続きが以外とルーズなダラスからブラジルに逃亡していました。だもんで】
「アメリカの警察も意外と・・・」
【国際手配ではないので・・・。直ぐ我々と会っていただけませんか】
「昼食で会いましょう。『天すし』と云う寿司屋で」
【日本人が多いレストランは避けたいのですが】
「サバやアジをネタにした珍しい寿司屋です。とにかく美味しいんです。それに、最近開店した店で一世にはまだ発見されていません」
【場所はどこですか? 十三時にそこでお会いしましょう】
「ビラ・マリアナ区のアフォンソ・セウソ、1251です。予約しておきます」

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