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連載小説=日本の水が飲みたい=広橋勝造=(155)

《いや、輪廻から抜け出ていない、つまり、極楽浄土に達っせず、まだ『天道』に留まって修行しておられる天部さんもたくさんおられるのじゃ》
 古川記者運転の車はローランジアのインターチェンジにさしかかった。
「ここが『聖正堂阿弥陀尼院』と出会った所だ」
 小さな町で、勝手を覚えた古川記者は道を間違えずにローランジア条心寺に着いた。
 連絡を受けて準備を終わらせていた黒澤和尚が真剣な眼差しで皆を迎え、本堂に案内した。
 中嶋和尚の要望で窓のカーテンを引いて外光を避け、蛍光灯の本堂に、椅子を並べて、皆でこれからの計画を練った。
「我々の目的は樋口さんとの約束を守る事です」
「その約束事とは森口を捕らえ、裁判に掛ける事ですね」
 いつも取材態勢の古川記者が取材ノートをめくって率先して、
「樋口さん、戒名『聖正堂阿弥陀尼院』は森口に毒を盛られて死亡し・・・、それで、お地蔵さんの部下に指導され、我々と接触してきました」
《彼女は古川記者と約束を交わした後、安心して三途の河に向かっています》
「その前に、初七日の書類審査がありますが」
《生前の行いが良かった樋口はすでに二日前に通過しておる》
「とすると、危険な三途の川を渡るフタナノカの十四日後まで残り五日だ」
「それまでに約束を守らなければ・・・」
「約束は『森口をこの世の裁判にかける』事です。注意として『不正な手段を用いない』事です」
「樋口さんの話の中の『お地蔵さんの部下』とは誰だろう? 奴が樋口さんに人間と約束するように仕向けたようだ」一瞬、視線が小川羅衆に集中した。
《・・・》小川羅衆はもともと青い顔をもっと青くして沈黙を守った。
「小川を攻めるのは後にして、森口を捜す方法を考えよう」
《・・・、怪鬼や悪神が相手となると密教がいいと思うのだが》
「それで、密教の教主『大日如来』さまに頼む事にしました」
「大日とは『太陽』です。悪魔が嫌な大日如来さまの光明の力で・・・」
「大日如来さまは確か・・・、密教で毘蘆遮那仏(はびるしゃなぶつ)と云って胎蔵界(たいぞうかい)と金剛界(こんごうかい)の二通りのお姿がおありですね」
《金剛とは金剛(ダイヤモンド)水晶の意味であるゆえ、光り輝いて照らし出すのじゃ》
「胎蔵界も遍照(へんしょう)と云って広く隅々まで照らし出す事です。ですから・・・」
「森口を操っている魔神達が古代インド出身だとすると、密教はインド教と仏教を混ぜた比較的新しい・・・、時代がマッチせず効力がないのでは?」
《密教そのものは新しいが、その密教の基は古代インド生まれの流派の一つであり、起源は紀元前であったゆえ大丈夫であろう》
 お不動さんが滅法好きな中嶋和尚が、
「密教の金剛界の曼荼羅の中に魔を懲らしめる五大明王がいます。その中のお不動さんはコントロールが狂った魔神をこらしめる仏で、右手の刀で悪を切り、左手の縄で悪を縛り、背の炎で悪を焼き、足元の水で悪を流し、厳しい目で悪を威嚇し、逆立った髪は怒り、鋭い牙で裂いて悪を滅ぼす、まさにうってつけです」
《黒澤和尚、密教と申せば、このローランジア条心寺は天禅浄宗(てんぜんじょうしゅう、架空)であるがゆえ密教も扱うと思い存じるが》
「はい。私の日本での主な修行は密教でした。私が大日如来さまの密教の主事を勤めますので、不動明王へは中嶋和尚に勤行してもらいます。よろしいですか」
「その形で、承知しました」

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