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いよいよ大統領選が本格化=天下分け目の10月決戦へ=舞台裏や裏取引きあれこれ=駒形 秀雄

 サッカー世界大会は強豪ドイツの勝利となり、ブラジルの「地元で優勝」の夢は〃コッパ微塵〃に砕かれて、終わりとなりました。一方、この1カ月間、地元の大統領選挙のほうはその布陣展開に大きな進展が見られ、有力候補陣の顔ぶれ、政党間の合従連衡などが確定しました。これで10月に行われる天下分け目の合戦の準備が整い、いよいよ戦闘開始です。各陣営の顔ぶれ、その候補選出の舞台裏、政党間の駆引きなど、皆様と共にこれを検証してみましょう。

注・小党については党名、議員数を省略しています

注・小党については党名、議員数を省略しています


有力3グループの陣立て

 大統領選に候補を立てる各党は6月中に党大会を開き、大統領と副大統領候補を決め、結果を選挙管理委員会に提出しました。これが受理承認されると、7月から公式に選挙運動が出来ることになります。候補者は全部で10グループ以上になりますが、ここでは当落を争うと見られる3大グループについて調べてみましょう。
(1)ジウマ(DILMA ROUSSEFF)PT=労働者党、66歳、現大統領、父はブルガリア人、母はミナス出身。人気率40%前後。
 副大統領候補テーメル(MICHEL TEMER)PMDB=民主労働党党首、73歳、現副大統領、元下院議員、サンパウロ州チエテ市出身、レバノン系2世。
 ジウマ大統領はブラジル最大の政党PMDBを自陣営に取り込み、国内最大の票田サンパウロ州(3100万票)の支持を得たい。
(2)アエシオ(AECIO NEVES)PSDB=民主社会党党首、56歳、上院議員、前ミナス州知事、支持率20%台。
 副大統領候補アロイジオ(ALOYSIO NUNES)PSDB=民主社会党、69歳、上院議員、元法相、元州副知事。サンパウロ州サンジョセ・ド・リオ・プレット出身。
 東北地方地盤の『副』を選ぶ選択もあったが結局サンパウロの票田を持つアロイジオに決めた。これで伝統の『カフェー・コン・レイチ』(サンパウロ州+ミナス州)のタッグチームが固められた。ミナス州はサンパウロ州に次ぐ第2の票田(1500万票)。
(3)カンポス(EDUARDO CAMPOS)PSB=社会党党首、49歳、前ぺルナンブコ州知事、元科学大臣、支持率10%台。
 副大統領候補マリナ(MARINA SILVA)56歳、期限ぎりぎりにカンポスと共闘すると決め、PSBに入党した。前上院議員、元環境大臣、アマゾン地方に生まれて苦しい生活を送り、16歳で初めて読み書きを習った。自然保護に熱心で前回大統領選では200万近くの票を集ている。
 カンポスとマリナは共に元PT所属でルーラ政権時代にジウマと同じ大臣の職にあった。同党は『新しい政治』がキャッチフレーズ。

 以上と平行して各グループによる他党の取り込み、提携工作が行われた訳ですが、結果は別表の通り、PTグループが政党数、その所属議員数とも断然他を抑えてトップです。自前候補を持たない党は『うまみ』のある現政権党になびいたのか、あるいは『勝てそうな馬』に乗ろうとしたのか、判断は各自にお任せです。
 一般庶民の人気、投票の判断材料となる無料政見放送の時間割も、各党の勢力に応じて決められました。(別表参照)放送は8月17日から開始されますが、これも前記陣取り合戦のせいでジウマが断然多くの時間を占めています。政権を握る側の強みが見て取れます。

候補確定までの舞台裏

 世界の大国ブラジルを代表する大統領の地位は魅力的なもので、政治家である以上、誰でも一度は「ワシがその席に」と夢見るものでしょう。だから、以上のような各候補者が簡単にすんなり決まった訳ではありません。競合激しい候補確定までの舞台裏を覗いてみましょう。
 ジウマは現職大統領ですから、早くから党内で「次期はジウマで」と内定しておりました。しかし、「ジウマさんは実務はキチンとするけど政治的処理はどうも.前任者のルーラのような大衆受けする人情味に乏しい」という評があります。
 ある時、農務省の高官が政策の説明をするのにあたり、「わが国は過去にこういう政策をとっており、それでこうこうなって~」と説明を始めたら、大統領がそれを遮って『私は過去がどうだったとかと言うようなことに興味は無い。私は今がどうなのか、それでこれからどうしたらよいのか。それが知りたいのだ』と発言しました。
 これは全くその通り、正しいのですが、高官が経過の説明を始めたのにも理由があったのです。厳正に効率よくやるだけでは人がついてこない場合もあります。
 そんな事でジウマの人気が下向きし始めたころ、「ジウマではダメだ。このままでは反対党に政権をとられてしまう。国民に人気絶大のルーラに再出馬願い、PT政権継続を図ろう」という動きがPT党内外から起きて来ました。
 ジウマは自分が当選して今権勢を張っているのも、当時大統領だったルーラの強力な支援を受けたからと言う事が良く分かっていたから、これには大いに悩みました。言うことを聞かない議会、裏取引がはびこる政治に対して嫌気がさしていたのかも知れません。結局ルーラに会い、「貴方が大統領になったほうが良いというなら私は身を引く。貴方の真意はどうか」と直接話し合いました。
 その際ルーラから「わしは今回出ない。あんたを全面支援する」と言う言質を得て今回の正式決定になったとの事です。

 アエシオの場合は、軍事政権を終わらせ、初の民政大統領に当選しながら就任直前に急死した祖父タンクレッドの政治を直接見聞して来ました。ですから自分でも「いつかはお祖父さんの志を継いでこの国の大統領になろう」と決心していました。
 そんなこんなで前回2010年の大統領改選の機会に立候補しようと強力に運動し、当時若さと実力から人気が急上昇していました。ところが同じPSDBには前サンパウロ州知事のセーラが立候補を望んでおり、同じ党内で両勢力(サンパウロとミナス)の争いとなったのです。
 結局「もう少し白髪と夫人が必要だ」と言われたアエシオが折れて、セーラに候補の座を譲ったのですが、今回はサンパウロ出身のFHC元大統領の支持を得て、めでたく「カフェー・コン・レイチ」の大同団結に成功したわけです。アエシオは2010年の選挙時には離婚してシングルでしたが、その後モデルでもあった現夫人と結婚し、今年双子の生誕を祝いました。心身ともに元気いっぱい、働き盛りですね。
 カンポスは自分自身の魅力のほかに、祖父ミゲル・アライス伝来の地盤もあり、地元ペルナンブコ州では80%という驚異的支持を得ていました。元々現政権と同じPTに属していたこともあり、東北の票を固めたいPT陣営から「どうです、元々目指すところは同じ。恵まれない(低所得の)階層の生活を良くしようというのだから一緒に組んでやりませんか? 副大統領の席を準備します」と働きかけを受けました。カンポスは黙ったまま答えませんでした。
 結果は現在お分かりの通りですが、カンポスは当時「名前だけで実権の無い『副』などになるものか。PTも政権の座が長くて旧来党になった。僕は新しい組織で『新しい政治』をやるんだ」そう親しい人に語ったとのことです。
 同氏はまだ若い「今回当選しなくともここで『大統領はカンポス』と顔と名前を売っておけば次の2018年でチャンスが出てくる」と思っているのかも知れません。

本部ダメでも地方があるさ

 連邦・本部ベースでの陣取りは以上のように決まったのですが、個性の強い人の多いブラジルではそれと別に、各地方、各個人が自分に都合の良い主張をします。日本のように「本部がこう決めたのだから各州、各議員も本部の決めたとおりやれ」といっても中々それが通らないのです。
 例えばサンパウロ州知事選では、PTは自党の候補が居るのにPMDBのスカッフィ候補をも支援しています。カンポスのPSBは連邦では競合しているPSDB所属のアルキミン現知事支持です。
 リオ州では事はもっと複雑です。PTは自党候補の他、PR、PMDB、PRBの4党候補を支持です。アエシオのPSDBは連邦では対立している筈のPMDB候補を支持。州のPT候補はPSBのカンポス候補支持を表明している、という具合です。
 大統領選挙と同時に行われる各州知事選挙では、連邦段階でよいポジションを取れなかったアエシオ、カンポス陣営は各州の地元有力者と組み、抱き合わせで自党の宣伝、運動をしようという目論見なのです。
 もう一つ新しい選挙のツール(用具)としてIT(パソコン・通信)の役割があります。政府ルートと関係なく、各自が手軽に自分の意見を多数の人に伝えることが出来ますし、匿名でも広報出来るので選挙のようなデマ情報や中傷を流す「場」として大変便利な道具が出てきたのです。
 いまや電車やバスの中で女の子がスマホ(電話・カメラのほか文字通信も出来る)をいじっているのは当たり前の光景ですし、以前の大規模デモ、ストなどの人集めにもこのITツールが大きな役割を果たしたことが知られています。
 熟年の方が多いニッケイ社会では「ITなどはまだまだ」と実感されてない方も居られるかもしれませんが、ブラジル社会、特に都市部や行動力のある若年層への浸透度は相当なもので、今回選挙での影響も無視出来ないでしょう。新しいツールが古い政治を改革するか?興味は尽きません。
 サッカーの夢は〃コッパ微塵〃と砕けましたが、私達の生活に直接かかわる政権争奪戦はこれから戦闘開始! 10月決戦に向けて、さて、どのチームに賭けたものでしょうか。(H.Kom)

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