ホーム | 日系社会ニュース | ラーモス移住地=霜被害乗り越え半世紀=多文化共生の未来目指す=さくら祭り併催で賑やかに
50年を祝い万歳三唱
50年を祝い万歳三唱

ラーモス移住地=霜被害乗り越え半世紀=多文化共生の未来目指す=さくら祭り併催で賑やかに

 【サンタカタリーナ州発=小倉祐貴記者】ラーモス日伯文化協会(本多泉美会長)が6、7の両日、同州フレイ・ロジェリオ市の同移住地内の桜公園で『第17回さくら祭り』を行ない、のべ2500人(主催者発表)が来場した。初日午後4時からは移住地開設50周年記念式典を開催し、64年4月9日の入植からの半世紀を祝った。

記念碑の除幕も行なわれた

記念碑の除幕も行なわれた


 両国国歌斉唱の後、本多会長が開式宣言。来賓には同市のオズニ・バチスタ・アルベルトン市長、地元選出のオノフレ・サント・アゴスチーニ連邦下議らが駆けつけ、池田敏雄在クリチーバ総領事、JICAブラジル事務所の遠藤浩昭次長らも祝辞に立った。
 各登壇者は「和梨をはじめとする農産物を一級品に育てた功績は大きい」「当地の親日感情は、皆さんの活動あってこそ」などと賛辞を送った。桃の一種「ネクタリーナ」や長南ニンニクで盛況な時代にも触れた。
 功労者として初年入植の10家族などが表彰され、その内の一人、杉山サナ江さん(73、山口)は、「苦労してきたとは思わない。やらなきゃ生活できなかったから」と当時を振り返って笑った。
 「両手で抱えてもあまるほどの大木を、みんなで倒して整地するなど、一緒に働いていたから楽しかった。霜被害のあった年は銀行や企業にたくさん借金をしたけれど…」と付け加えながらも、表情はひょうひょうとしていた。「パンの作り方、食用豚の処分の仕方とか、全部外人から教わったわ」と終始笑顔で語った。その他歴代の文協会長や、オノフレ下議らも表彰を受けた。
 尾中弘孝50周年委員長が謝辞を述べ、「原始林を切り開き、あらゆる困難を克服して今日に至った。州政府、総領事館、JICA、市役所などの支援に感謝。多文化共生に向け発展していきたい」と誓った。
 最後に『私の町ラーモス』を斉唱し、隣接する八角堂で親睦食事会に移った。尾中委員長は「4月9日の入植記念日には関係者だけで祝った。さくら祭りと併催して正解だった」と盛況を喜んだ。
 64年の入植に先駆けること4年、先発隊としてこの地に腰を下ろした本多文男さん(76、茨城)は「当時は一面パラナ松地帯だった。車もない。道も整備されていない。若い家族が入ってきて、彼らの健康維持や生活をどう守るか責任を感じた」と感慨深げだ。将来に向けて「日本人だけでは生きていけない。昔からここは混成移住地だと言ってきた。これからは非日系もどんどん取り込んでいかないと」と意気込んだ。

 記念誌発刊は4月以降に

 式典に先立ち初日午後1時からは、関係者6人を集めて50周年記念誌の打ち合わせが行なわれた。全頁カラーの270ページ弱でタイトルは『絆』。式典当日にはフレイ・ロジェリオ市の協力によって、祝辞や目次が掲載された冊子が200部配布された。
 式典までの完成とはならなかったが、山本和憲編纂委員長は「2年半くらいの構想。でも40年史ができた後から、50周年でもと心に決めていた」と発刊に向け喜びを示した。すでに原稿も揃い1千部刷る予定だが、州政府の助成金額などの調整を残す。来年の入植記念日(4月9日)に向けて準備を急いでいる。

image_print

こちらの記事もどうぞ