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おごそかに「かぎやで風節」を奏でる教師と師範ら
おごそかに「かぎやで風節」を奏でる教師と師範ら

移民を唄ったブラジルの琉球民謡

 「民謡」というと、どちらかというと〃過去の音楽〃という印象が強かったが、9月28日にサンパウロ市の沖縄県人会会館で開催された琉球民謡保存会ブラジル支部の「民謡の祭典」では、〃生きている音楽〃だと肌身で感じられた。当地で作詞作曲された名曲が歌い継がれていたからだ。その時の様子を幾つかの映像で紹介したい。
 例えばカンピーナス城間グループは、当地の又吉哲雄さんが作詞した『ブラジルぬサビアー』を披露した。サビアーは短歌や俳句にもよく詠われる美しい鳴き声を響かせる鳥だが、それが故郷の鳥に似ていると感じ、哀愁を込めて切々と歌った民謡だ。

 同支部マウアーで指導する親川世松師範は、日本のテレビにも出演してCD『サウダーデ・デ・ウチナー』などを発売したグループ「トントンミー」の生みの親だ。若者が自らの音楽として民謡を楽しんでいるから、そのような展開が生まれる。
 日本の人気バンド「ビギン」が来伯した折、サントアンドレーの真喜屋弘師範の教室を訪ね、子どもたちが三線を熱心に学んでいる様子を見て感動する様が番組で放送された。
 安慶名信夫第2代会長(故人)は、90年代に「琉舞の天才少年」と沖縄で騒がれた斉藤悟さんの才能を見出した人物だ。12曲ほども独自曲を作り、移民の生涯を唄いこんだ。
 その安慶名さんを顕彰して代表曲『奥山千鳥』が今回、斉藤悟さん振付け、具志堅シゲ子さんの踊りで演じられた。ボリビアで大森林開拓に挑んだ沖縄青年の住むサッペー小屋には野獣が次々に迫り、孤独な生活の中で郷愁の想いに耐えきれなくなり自殺してしまった実話を元にした悲劇だ。

 残念なのは、みなうちなーぐちなので、はっきり意味が分からない点だ。とはいえ、他県移民でも独自の民謡を作って広めた人はいたのか―と考えさせられた。
 民謡の祭典では休憩の後に、サンタクラーラ支部によってスルプレーザ(サプライズ)で寸劇も上演された。毎晩酒を飲んでグデグデになって帰って来る夫に怒り心頭し、殺してしまおうとノコギリとハンバーを用意して機会をうかがう妻の様子を喜劇調で描いたものだ。

 もちろん殺人は失敗に終わるが、その派手な嘆きぶりが笑いを誘い、会場は大爆笑の渦に。沖縄系コミュニティでは民謡と舞踊だけでなく、大衆演劇と方言文化の継承もしっかりと行われている。(深)

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