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花嫁移民=海を渡った花嫁たちは=滝 友梨香=69

 それは重なる災害で移住したことに疲れはて後悔していたのに、「ようこそ」とは言えなかったからだと後に知りました。兄に連れられ日本人宅を挨拶にまわりましたが、どの家にもマラリヤを患い黄色い顔をした人ばかりでしたから、兄嫁の気持ちはよく理解できました。その後私たち夫婦は、アマゾン河口の町ベレンから五十キロ離れたサンタ・イザベルの田舎に住むことになりましたが、住まいは泥をこねて作った手作りの小屋、屋根は椰子の葉でふいたサペ小屋に変わりはありませんでした。
 ランプといえば空き缶のふたに穴を開けボロ布をねじって、石油を吸い込ませるという代物で全くの原始生活でした。泥棒に盗られてラジオもなく、自分で歌わなければ音楽や歌等にはもう何年も触れたこともない生活状態でした。
 次々と子供が三人生まれましたが、その子どもたちに玩具の一つも買ってやることができず、子どもたちの毎日の遊びは絵を描くことぐらいでした。紙を見つけては手当たり次第に描き、しまいには古新聞の狭いフチにまで隙間なく描くのです。買い物もままならない当時の窮乏ぶりは、その古新聞すら与えることができず、干し肉の包み紙にまで描き「紙ちょうだい」とねだられて、どれほど涙をながしたことでしょう。子供たちは最後は土に描いていました。

 夜ともなると、黒々とそびえ立つアマゾンジャングルの上に、ただこうこうと照り輝く月、時おり聞こえて来る不気味な吠え猿の声、それらは、いっそう私の心を冷たく絶望的にしてしまうのでした。私にできることは、ただ神様に祈ることでした。
 「ああ、神様、私はあれだけ周囲の人に反対され、両親に泣かれながら、花嫁移民としての道を選び、今このような有様です。どうか弱い私たち夫婦に力を与えてください。この子らの親としての責任を全うさせてください」とアマゾンの降るような満天の星の下で泣きながら祈っていました。と、その時、針が落ちても聞こえるような静寂を破って、急に音楽が流れてきました。
 「上を向いて歩こう涙がこぼれないように・・・・」と、何度も何度も何時間も、ハッキリと聞こえてくるのです。
 絶望と失望の涙を流していた私への大きな大きな神様からの歌のプレゼントでした。でも、なぜ真っ暗闇の現地人の部落から・・・ナゼ?ナゼ?神への感謝、とナゼ?の答えが早く知りたくて,その夜はよく眠れませんでした。しかし、このナゼ?は次の日、すっかり明らかになりました。
 一週間前に移住した、一人の日本人青年が、日本から携えてきたレコードを、大きく拡声器を通して、部落の若者を集め、お祭り騒ぎで踊ったということでした。
 「上を向いて歩こう 涙がこぼれないように・・・・」と、アマゾンの月の下で、跣の娘たちを相手に、一晩踊ったという開拓青年。これと対照的に、子どもたちに一枚の紙すら買ってやれないと神様に泣きついた月夜の花嫁移民。この小さな昔話は、わたしにとって懐かしく、時に深い信仰の原点として蘇ってきます。
 その後、二〇〇四年サンパウロのサレドポリスに娘一家が居ましたのでその縁で此方に移って来ました。
 現在住むモジには、二〇一〇年に家を購入して住むことになりました。現在六人の息子と娘に孫十一人ができ、信仰の友にかこまれた余生を夫と共に送っています。こうして夫と私はブラジルで子供たちの祖となりました。

トマテ箱ふたつ重ねて飯台の五十年前のわれらの門出     後藤 弥生

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