ホーム | 日系社会ニュース | 平野、アグア・リンパが百周年=ノロエステ線最古の入植地=会館増設、記念誌制作決定=式典に向け、準備進む
平野植民地の百周年に向けて着々と準備を進める皆さん
平野植民地の百周年に向けて着々と準備を進める皆さん

平野、アグア・リンパが百周年=ノロエステ線最古の入植地=会館増設、記念誌制作決定=式典に向け、準備進む

 日本移民による最古の入植地の一つ、平野植民地とアグア・リンパ植民地(旧ビリグイ植民地)が今年、百周年を迎える。平野植民地は8月2日に記念法要を予定しており、記念事業として会館を増築し大サロンを建設中だ。アグア・リンパ植民地では9月6日に記念式典を行うほか、入植百年目にして初の記念誌制作も決定した。いずれもノロエステ線沿いに位置し、居住家族はごくわずかとなっているが、百周年を祝うために力を振り絞って事業を進めている。

 コーヒー耕地で搾取されていた日本移民が、自作農として独立する先鞭をつけた平野植民地。1915年、グアタパラ耕地の副支配人だった平野運平は自らの地位を捨て、移民の自立を目指して開拓に着手した。マラリアや霜、旱魃、蝗の襲来など相次ぐ災難にみまわれ、創始者も道半ばにして息絶えた苦難の土地だ。今は十数家族がサトウキビ栽培や牧畜で生計を立てている。
 記念事業を進める平野農村文化体育協会(森部久会長、森部池田キヨミ実行委員長)では、25万レアルを投資して会館を増設し、行事に利用できる大サロンを建設中。その一角には、日系家族の古写真や移民らが使った道具類を並べ、展示コーナーにするという。
 会館に隣接し、平野運平を顕彰して作られた法明寺の改修はすでに終わっており、飯星ワルテル連邦下議補佐官の安永信一さんが同植民地の簡単な歴史と名所をまとめたパンフレットを作成している。同氏は「東洋広場」を「平野運平公園」にするべく、カフェランジア市長との交渉も進めている。
 まず法明寺で法要、その後会館で式典を行い、新サロンに移って昼食会が開かれる予定。約500人が招待される。
 一方、ノロエステ線アラサツーバ管内最古の日本人入植地であるアグア・リンパ植民地は、1915年ごろに第3回移民船で渡伯した日本人移民4、5家族の入植が嚆矢となった。最盛期には250~300家族を数えたが、降霜などにより入植者は減少。現在は戦後移民もふくめて5家族ほどが住む。
 91周年を迎えた2006年、初の記念式典が開かれた。定例行事としては、約60年前に建立された会館敷地内の石碑前で、同地出身者が5年ごとに集う慰霊祭がある。今年はその節目の年にあたる。
 式典を主催するアラサツーバ文協の元山光男会長は「今まで一度も記念誌を作っていないので、初の記念誌を作ることにした」と明かす。文協会員700人とノロエステ連合会関係者らへの配布を見越し、1200部を発行、予算は2万1千レアルを見込む。「一体どうやって歴史を掘り起こして良いかと思っている。何とか年内に作りたい」と張り切っている。
 9月6日に石碑前で法要を、続いて同文協会館で式典を開催。記念碑の建立も予定している。


□関連コラム「大耳小耳」□

 平野植民地の記念事業を主催する平野農村文化体育協会は、式典に500人を招待するそうだが、活動する会員はわずか10人程度というから驚きだ。それでも会館の増設費25万レアルも捻出できたのは、同協会が保有する100アルケールの土地を砂糖黍生産精製会社に貸し付けた料金で、財政が比較的潤っているからとか。会員は多くても、会費だけでは経済的に厳しい日系団体にとっては、何とも羨ましい話だろう。

image_print

こちらの記事もどうぞ