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「ジャポネース ガランチード」ってなに?=サンパウロ 西銘光男

 一世紀を超える日系社会の歴史の中には、いわゆる「コロニア語」と言うのがたくさん生まれた。これも日常生活の中から生まれた一つの文化である。
 だが中には何とも頂けない代物がある。
「ジャポネース ガランチード」
と言う奴。俗悪極まる差別語がいつの間に称賛の形容詞になった?いい加減にしろ!と言いたい。この言葉は日本移民初期(1930年代)の心ないブラジル人達が、貧相でポルトゲースが下手くそな日本人移民を揶揄した最低の差別語であったのだ。
 金のなる木が生えているブラジルで4~5年も働けば錦を飾って故郷へ帰れる、という途方もない夢を抱かされて海を渡った大部分の日本人移民は、この地に永住する意思はなく、当然の事ながら言葉を覚える気も余裕もなかった。
 加えて、日本で宣伝された甘い話なんてあろう筈がなく、最低の生活環境に耐える事を強いられ、がむしゃらに働いて金を貯める事に追い詰められていたのだ。多くの移民がこんな境遇を経て築かれて来たのが日本人移民の歴史である。
 そんな中で、何かの用を足すために町へ出て、手まね足まねで知っている限りのポルトゲースを連発するのであるが中々理解して貰えない。
 「ヨー ジャポネス ハーラ ガランチード ネ」 
(俺は日本人なんだ、俺の言う事に間違いはないんだ、信用しろとでも言いたかったのだろう)。
と、伝家の宝刀を振りかざすのだが、聴いている方のブラジル人の耳には「ジャポネース」と「ガランチード」だけは何とか聞き取れるが、後はなんの事か分らない。まあ理解しろと言う方が無理であろう。
 それを面白がって町のガキどもが日本人のキャラクターを表現するための「ジャポネース ガランチード」となってしまい、日本人が通りかかるとその悪童どもが寄ってたかって「エー ジャポネース ガランチド ノー」と変な節を付けて追い回すのだ。今で言う悪質なバッシングだ。
 私も子供の頃、町に出てはこうした場面に出会い、何度悔し涙を流した事か。時が流れ日本人の生活が向上して来ると、揶揄する対象がなくなってガキ共の口からそうした差別語は聞かれなくなった。
 まず「ジャポネース ガランチード」は、日本人にしか理解できない変てこな造語のポルトガル語だという事である。誠実、真面目、信頼出来る日本人を表現する正確なポルトガル語はたくさんあるのだ。従ってまともなブラジル人は、そんな意味不明の言葉を使って日本人を称賛する事はあり得ない。また、そんな変な言葉が流行った事を知っているのは極一部の高齢者だけであるはずだ。
 ところがこの訳の判らないポルトゲースを、日本人称賛の言葉として利用しようとした日本人がいた。辱められた、揶揄されていたことさえ気づかずに勝手にほめ言葉だと思い込み、何も知らない後続の日本移民をミスリードした〝おめでたい〟 人達だ。
  正確な意味も判らないまま、先輩移民の言う事だからと得意になって「ジャポネース ガランチード」を連発させた事は実に罪深い話である。それがエスカレートして、日本人の自画自賛の思い込み造語をブラジル訪問の政府高官にまで吹き込み、公式の場で「ブラジル国民が〝ジャポネース ガランチード〟と日本人を高く評価している事は、先人移民が日本人の誇りを…」云々なんて事を聞かされる度に、「もういい加減にしろ!」と、ほんとにやるせない気分になってしまうのは私一人だけではないはず。
 折角寿命が尽きて死語となったものを、いつまでも嫌な思いをさせなくても良いではないか。「ジャポネース ガランチード ジャー モレウ ネ」と弔ってやろうではないか。

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