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安永忠邦さん
安永忠邦さん

教育勅語清書3360回超える=上塚植民地の安永忠邦さん=八十の手習いで始めて13年=一族安泰の原点ここに

 〃八十の手習い〃――「移民の父・上塚周平の墓守」とも呼ばれるサンパウロ州プロミッソンの安永忠邦さん(94、二世)は80歳を過ぎたとき、「何か新しいことを始めよう」と思い立ち、教育勅語の清書をできるだけ毎日心がけるように決心した。県連ふるさと巡り一行をリンス西本願寺で迎えた時に来た安永さんに尋ねると、「3360回を超えました」という。13年間も3日に2日は書き続けている計算だ。

安永家4代、奥から修道さん(マリンガ、三世)、マイク持つ和教さん(三世)、左から3人目が修さん(四世)、手前が雪兎くん(五世、9歳)

安永家4代、奥から修道さん(マリンガ、三世)、マイク持つ和教さん(三世)、左から3人目が修さん(四世)、手前が雪兎くん(五世、9歳)

 忠邦さんは背を伸ばし「最初は手本を見ていたが、途中からそらで書けるようになった」とかくしゃくと笑った。「上塚植民地で生まれ、上塚先生のお庭で遊ばせてもらい、今もそこに住んでおります」と力強く自己紹介すると、県連一行から拍手が沸いた。一行からのたっての要望で、二世の忠邦さんから五世で9歳の雪兎くん(ゆきと)ら親子4代が並んだ。
 昨年4月に安永家入植100周年を祝ったばかり。1914年に3人(耕夫、セキ、良耕)で始まった歴史が410人にまで増え、昨年の式典には日本の親族を含め350人も集まった。忠邦さんは一族の長老にして、今も生まれた場所に済み続けている。昔同様カフェの手入れに精を出す毎日を送る、一門の精神的な大黒柱だ。
 「なぜ教育勅語か」と忠邦さんに問うと、「国を背負っているような立派な人とは全然読み方が違うかもしれないが、ワシら下々の人間にとっては家族の絆の大事さを教えてくれる」という。
 「どの部分が一番好きか?」と尋ねると、《父母(ふぼ)に孝に、兄弟(けいてい)に友(ゆう)に、夫婦相(あい)和し、朋友(ほうゆう)相(あい)信じ、恭検(きょうけん)己(おの)れを持(じ)し、博愛衆に及ぼし》(意味=父母に孝行を尽くし、兄弟姉妹仲良くし、夫婦互いに分を守って睦まじくしなければなりません。また朋友には信義を以って交わり、誰に対しても礼儀を守り、常に我が身を謹んで気ままにせず、しかも広く世間の人に慈愛を及ぼすことが大切です)とスラスラと暗誦し、「ここが一番身近で好き」と強調した。
 忠邦さんの兄・故伯雄さんはプロミッソン市議を9期(38年間)も務め公に尽くした。その長男は忠一郎、考道、友道、信一(飯星ワルテル広報官)、博道(ひろみち、元カンピーナス文協会長)、啓道、益博――、忠邦さんの長男は和教(元リンス文協会長)、修道(元マリンガ文協会長)、邦義(くによし、中西部連合会会長)ら皆、勅語から字をもらい、その精神で各地の日系社会を支える。その原点がここにある。
 「先日ふと回数を見てみたら3360回を超えていた。一日一回と思うが、用事でどうしても抜ける日がある。何歳まで続けられるか分からないが、できるだけ続けたい」と力を込めた。