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いれずみ=サンパウロ 鎌谷昭

 女性が身体にいれずみを入れるようになって何年たったのだろうか。
 初めてここブラジルで女性のいれずみに出会ったのは、ざっと数えても20年近く前のことだ。若い女性のマッサージ治療のあと、お灸をしておいたほうがより完全と考えて薄いシャツをたくし上げたら、背中の方にそのいれずみはあった。
 男でもいれずみをするのは特別な人といわれて育ってきたので、それを女性がするなんてとんでもないッと驚いた。二、三言葉を交わしてみるとブラジルではそれほど珍しいことでなく、私が知らなかっただけのことらしい。それでも普段眼に触れることのない背中に彫ってあったのは、まだそれほど多くの人に認知されていたわけではなかったのかも知れない。
 それが今、本当に大勢の人がいれずみをしている。女性が肌を露出するのがめだつ季節になると、いれずみはいたるところで眼にすることができる。
 そうなるとすこし気になることが出てきた。概して「これはいい」といういれずみにお目にかかったことがない。色,図柄ともに、なにかくすんだ感じのものがほとんどで見栄えがしない。
 いれずみをしている職場の女性にそのことを話してみた。時間が経てば色はくすんでくるから再度補強が必要だが、普通はそれをしないので全体がボーッとしてくるのだという。使われている色料(着色剤)がわるいのではないのかと思うのだが、たかがいれずみそんなにこだわることはないのかも知れない。
 まだ家庭にお風呂がなかった頃、町の銭湯で冲なかしの頭領という小父さんがいた。子供心にも「すごいッ」と感心するほどの、赤と青の色鮮やかないれずみを彼の背中全面にみることができた。とりわけ背中に湯をかけた時は、一段とそのいれずみは鮮やかに写ったものだ。あれと較べるからいけないのかも知れない。
 いつものようにマッサージをしていたら、お客である娘さんの腕に桜一輪と花弁が一枚のいれずみが増えていた。三か所目である。「フーン」と感心するくらい可憐できれいだと思った。初めてのことだ。
 その一週間後、地下鉄のエスカレーター横を急いで降りていく女性がいた。足元をみていたら、足の甲に店の娘さんと同じような模様のいれずみを見た。新しい発見。この女性とお店の娘さんが私を介して横に繋がった一瞬、いれずみにはこんな驚きもあるのだと、もう一度その女性の後ろ姿をしげしげと見つめ直したことでした。