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ニッケイ俳壇(850)=星野瞳 選

   アリアンサ         新津 稚鴎

気まぐれな雨が降っては冴へ返る
屈託もなき髙笑い夜なべ子等
サンジョンの焚火にちらと見しは彼
ダムの水深く映りて凍てし星
確実に老化は進み秋も逝く
【一九十五年生れの、確実に百才を迎えられた作者・稚鴎さんには、老化など露見られぬ。どうか私達を引っぱって居て下さいお願いします。ついて行きます。私も、もうすぐ百才になります】

   愛知県・弥富市       森  寿子

古池に揺れつ光りつ蝌蚪の群
蛍呼ぶ青田の闇に鳴く蛙
あなどりてこじれて臥して春の風邪
椰子壁の家なつかしや珈琲園
行く秋や二つの祖国持つわれに
【作者はアサイ生れの二世。娘さんが夫と共に日本へ出稼ぎに行って居る。孫が何千人に一人と云う進行性ジストロフィを病み、その看病に在日する。「今、専門医が曲がりかけた胸や腰の骨をリハビリの力で進行を遅らせております。命を呼吸器でつないで居ります」と、投句と共に知らせて来た】

   北海道・旭川市       両瀬 辰江

あやめ咲く華燭の孫娘の幸念ず
畦豆を蒔きしならわし失せており
明易し朝刊の音去っていく
盆栽の若葉の楓の輝きて
封切ればブラジルの香ジャカランダ
【作者は御主人と共にサンパウロの本願寺に居られた。北海道へ帰られてからずっと投句して下さって居る。ブラジル好きの方であった】

   アチバイア         東  抱水

寒釣や置き竿ばかり五六本
冬の月ダムに沈みし屋根見える
過疎村に色も鮮やか蔓サンジョン
毎朝の枕に残る木の葉髪
背ナの子の引っぱる髪や木の葉髪
【十九十年生れの確実に百五才を迎えられた作者。アチバイア句会を引っぱって居る作者。若い時エスピンガルダで村に入って来た女性を殺した犯人を撃ち殺した勇者の作者。まだ元気一ぱいな作者】

   プ・プルデンテ       野村いさを

かまど猫犬と相伴床に伏す
スイナンやあれやこれやの朝子の忌
落葉掃く思わぬ余生慈しむ
冬木立ここから向うは隣町
あれもこれも何も出来ずに懐手

   ボツポランガ        青木 駿浪

冬日濃しこぼれし庭に車椅子
癒えぬ妻看取り八年春を待つ
凍蝶や翔をたたみて影ありぬ
風癖の付きし大地は冬ざるる
風吹いて葉擦の音の破れ芭蕉

   カンポスドジョルドン    鈴木 静林

焚火祭皆若がえりて踊りの輪
天に届く焚火祭りの薪櫓
七夕や短冊にポ語数ふえる
七夕や大正生れ筆達者
もがり笛子さらい天狗とび歩く

   サンジョゼドスカンポス   大月 春水

同航の人の名見たる冬寒し
緋寒桜咲いて見あかぬ散歩路
招魂祭戻り道に逢ふ冬時雨
卆寿にはえらい坂道息ずかい
かすむ目で見たる連山山眠る

   ソロカバ          住谷ひさお

寒鯔にしようか結局鰯買ふ
イペーローザ春の匂ひを運び来ぬ
七夕や妻の手を取りカミニャーダ
※『カミニャーダ』はポルトガル語で『散歩』のこと
禁制のバロンゆらゆら吹かれ来し
パイネーラの枝にかかりバロン燃ゆ

   ソロカバ          前田 昌弘

冬そうび砂漠のバラは薔薇じゃない
心字池瓢箪池の蓮枯れる
狐火にスピード上げし先行車
遠霞むイパネマ迄は十余粁
落葉掃く中より出し異な物が

   アチバイア         吉田  繁

日韓中マスクの好きな国民性
田舎道セルカに咲く蔓サンジョン
舗装され蔓サンジョンは道に消え
花粉症無きこの国にマスク要らず
農業に移民老いたり木の葉髪

   サンパウロ         湯田南山子

雨欲しき俄か信徒や神の旗
現し世の極楽見たり卵酒
湯たんぽやコカコーラの空瓶で
着ぶくれてそのまま出かける小買物
蕎麦刈るや中部パラナの大耕地

   イタチーバ         森西 茂行

冬至来て沖縄桜満開に

ブラジルでは季節が冬である時期に桜が満開となり、『桜まつり』などが開催される所もある。

ブラジルでは季節が冬である時期に桜が満開となり、『桜まつり』などが開催される所もある。

渡伯して八十一年冬ごもる
男には尚武の心寒げいこ

   アチバイア         宮原 育子

マスクよりくぐもる声の聞きとれず
馬つなぎまだあるボテコ蔓サンジョン
来し方の悲喜を見て来し木の葉髪
軒低き田舎のボテコ蔓サンジョン
小さくとも滋味ある地鶏の寒玉子

   サンパウロ         寺田 雪恵

落ちし葉の数ほど咲いてほしい梅
葉の落ちて空の青深しただ静か
かくれ葉のなき枝に来ぬ雀かな
探しいる猫仏壇に寝て居りぬ
ちょっと来てすぐ飛び立ちぬ冬の鳥

   マイリポラン        池田 洋子

風邪もらひバーバは寝込み孫元気
目ばりした実家懐かし思ひ出す
見てみたし蔓サンジョンの花咲くを
君恋ひて蔓サンジョンは伸びてゆく
冬の月冴えざえとして故郷恋し

   アチバイア         沢近 愛子

体力増進して食ぶ寒玉子
七夕の短冊ポ語で丁寧に
句座に入り初めて知りぬ蔓サンジョン
冬うららマナカの花芽愛らしや
移り来てマスクも要らず八十路今

   アチバイア         菊地美佐枝

寒き夜餅雑炊で父母しのぶ
レストラン三兄弟の寒雀
公園の舞い散る落葉と紅い花
その昔少女のお下げ蔓サンジョン
耳鳴りと壁打つ風の寒き夜

   エンブガス         島村千世子

偽せ宮の話題も豊富運動会
玉の汗接客料理運動会
病む夫の長く使わぬ指白し
咲きながら散りつつ青む桜かな
個性ある五人の子供冬ぬくし

   サンパウロ         武田 知子

炉開きや緑泡立つ筒茶碗
温むより和ごむ手編みや重ね着て
座る雲歩する雲見て日向ぼこ
つれづれの舌の守り道おでん鍋
目つむれば瞳溶け行く日向ぼこ

   サンパウロ         児玉 和代

水無月や踵の堅き爪の紅
つるゆるむ眼鏡ずり落ち夜長の灯
地に漁り声なきサビア落ち葉踏む
雨足の春の音して湿りかな
四粒飲み一錠忘れ寒戻る

   サンパウロ         馬場 照子

風情ある古木にぽっこり桃の花
歪む仔に叱咤の親鳥巣立ちかな
桜咲く名門校の夢のあと
枝垂れ来て何か云ひたげ桜花
二国語のおり合ふ児等に風光る

   サンパウロ         西谷 律子

親となり初めて父の日むかえる子
帰り花雲よぎる刻かげりけり
何しても可愛い仕草着ぶくれて
サウデと声かけられしくしゃみかな
小屋に古る奴隷の足枷虎落笛(もがりぶえ)

   サンパウロ         西山ひろ子

一本の葱を大事に夕餉汁
瓜を切る澄みし音して冬の朝
残照に映え実南天の赤さかな
暮れ早し鳥肌立てる風立ちぬ
行く冬や母と住みし世遠くして

   ピエダーデ         小村 広江

大方は抜かれしあとの花大根
花みかん馬も鼻上ぐ甘き風
切り干のチリチリちぢむ日和かな
頼りなき程の髪の毛冬帽子

   リベイロンピーレス     西川あけみ

三代目多き移住地冬ぬくし
納豆汁母娘三代性強き
母と云ふ止り木にあり冬を生く
耳うとく生返事して冬の風

   サンパウロ         西森ゆりえ

どよめける幾万人や冬日和
訪ねればたじろく程のイペー落花
法話聞く耳にサビアのしきりなる
きつね茄子眉目よき子に育ちたる

   サンパウロ         平間 浩二

焼野原父の背に負われ終戦忌
たくましく生きならえて春隣
かざす手に節くれの指焚火祭
生涯の伴侶となりぬ木の葉髪

   サンパウロ         太田 英夫

鈴虫を丸飲みせる美声かな
餅ついて尻餅ついて力つき
大朝寝天を忘れし寝顔かな
春雨じゃぬれて行こうと思えども

   アルバレスマッシャード   立沢 節子

手の甲で水洟拭いて釣銭出す
週末に山荘を訪う霧の路
夫婦して夜学に励み夢育て
食べ易すく粒を揃えて衣被

   サンパウロ         佐古田町子

俯向いて謙虚に咲けるユーチャリス
鍋料理葉菜たっぷり小春膳
ふるさとは遠のくばかり冬深し
平凡に生きて小春陽背なに受け

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