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『百年の水流』開発前線編 第一部=北パラナの白い雲=外山脩=(23)

マツバラ消滅! 
一体、何が? 

 ところが、そのマツバラが、いつの間にか消えてしまったのである。しかし、それが、いつのことか、何故そうなったのか、不明であった。1990年代のことらしかったが、当時、そのことに関する報道はなかった。チラホラ噂が流れた程度である。これは次の様な理由によろう。
 1980~90年代、ブラジル経済は大破局に突入、大事件が続出していた。日系社会もコチア瓦解、スール解散、南銀身売りで、騒然となっていた。世間はそちらに気をとられていた。その渦中、マツバラは別段、衝撃的な事件を発生させることもなく、事業を終わらせた。だから情報は、センセーショナルには流れなかった──。
 しかし一体、何がマツバラに起きたのか?
 筆者は、2013年から北パラナを何回か訪れて、土地の人々の断片的な話を拾い集めた。それを総合すると、フォルクス・ワーゲンから買った巨大牧場を始め、ファゼンダ、精綿工場……すべて人手に渡ったという。ブーグレも同じで、松原武雄は例の大邸宅を出、別の家で暮していたが、数年前に死亡し、フットボールのクルーベも活動を停止中とのことであった。しかし、そこに至る経緯については、模糊としていた。
 「調子が良かったので有頂天になり、贅沢三昧をした。サンパウロでボアッテを一晩買い切って遊んだ。ロンドリーナのボアッテでサンパウロから来た女給に入れあげた……」といった類いの風評もあった。
 そういう一面も確かにあったようだ。しかし先に記したほどの規模の事業が、その程度のことで消滅する筈はない。倒産なのかどうか……についても不明であった。「コンコルダッタを申請したという噂もある」とも聞いた。もっとも話し手自身「コンコルダッタは、二度はできない筈だが……」と首を傾げていた。その内、筆者はフト気がついたことがある。(アレではあるまいか)と……。

借金・金利地獄

 アレとは、ブラジル経済の大破局の時代、農業界が引きずり込まれた「借金・金利地獄」である。これも『百年の水流』改訂版で詳しく書いたことだが──。
 1960年代後半からブラジル政府は、強力な農業振興策を推進、巨額の営農・投資資金を、業界に注ぎ込んだ。利子はインフレ率より低く、借りれば、その差額分が得という計算になった。ために恩典付き融資と呼ばれた。
 生産者(農業者、農産企業)は、これを盛んに利用して事業を拡大した。農業界には明るく躍動的な空気が漲った。
 営農成績や市場価格が悪く、赤字が出ても、次の作で融資を前回より多く借りて、植付けを増やし、取り戻そうとした。
 ところが1973年、石油ショックが起きた。ショックの影響は長期化・深刻化した。政府は農業界だけでなく、総ての基幹産業に振興資金を投じていた。その資金は国の内外から調達していた。無論、借金である。その金利が高騰した。ために政府の資金繰りは悪化した。これを、積極策で乗り切ろうとし、巨大なナショナル・プロジェクトを次々断行した。
 が、1979年、石油ショックが再発生─。金利は、さらに高騰、政府の資金繰りの歯車は軋み始めた。結局、緊縮政策に転換した。農業界に対しては1983/84農年以降、恩典付き融資を止めてしまった。ハイ・スピードで走っていた車のハンドルを、突如180度切ったような無茶であった。
 生産者は悲鳴を上げた。資金繰りのため高利の資金に手を出した。が、すでにインフレがハイパー化していた。利子は狂騰を続けた。かくして借金・金利地獄に引きずりこまれたのである。これで無数の生産者が潰れた。日系社会も同様だった。その煽りでコチア、スールも最期を迎えた。筆者はマツバラも、この「借金・金利地獄」に陥ったのではないかと推定したのである。

拡大の背景

 マツバラは、松原武雄個人の事業であった時代は、綿の豊作と市況の良さで大きくなった。しかし、それが長期的に続いた筈はない。その事業規模の急激な拡大は、ある時期から恩典付き融資に頼っていたのではないか。彼は若い頃から、借金で危機を切り抜けてきた。この融資も当然利用した筈である。
 松原武雄個人の事業をマツバラ綿花㈲という法人に切り替えた1960年代後半は、政府が恩典付き融資を始めた時期と重なっている。その頃からマツバラの事業規模が異様に拡大している。資金繰りのため、恩典付き融資をより多く確保するための拡大の臭いが強い。
 1977年、コンコルダッタ申請の時も、利子付きの大きな借金を背負って経営していたことが、前出の兄弟の会話から判る。恩典付き融資の中止後も、借金で資金繰りをしていたのであろう。かくして借金・金利地獄の中で、マツバラは消えて行った──。筆者の推定はこうであった。

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