ホーム | 文芸 | 連載小説 | 自分史=ボリビア開拓地での少年時代=高安宏治 | 自分史=ボリビア開拓地での少年時代=高安宏治=(1)
ボリビア移民のはじまり。1954年6月19日、第1次移民269人が那覇港を出航する様子
ボリビア移民のはじまり。1954年6月19日、第1次移民269人が那覇港を出航する様子

自分史=ボリビア開拓地での少年時代=高安宏治=(1)

  ボリビアの原始林に囲まれた入植地は、まさに昼なお暗くという感じだった。蚊はびっくりするほど大群で襲ってくるため、蚊の多い夏の方が、沖縄の米軍の払い下げH・B・Tカーキーのジァンバー長袖などを着込んで厚着をし、道を歩く時は木の葉で蚊を追い払いながら歩いていた。
 日が落ちて暗くなるとますます蚊が多くなり、仕事で疲れていても緩めることさえ出来なかった。時々来客のある時は家の中で煙をたいて歓待した。僕は、夜になると蚊帳の中で手製のランプに火を灯し、スペイン語の勉強をした。
 石油ランプは良く煙が出るので鼻の穴が真黒に染まり、人に笑われたものだ。入植当時の少年の頃の忘れ難い思い出である。
 父と母は、蚊の侵入を防ぐために、白蟻の巣(枯れ葉を固めて作られている巣を燃やし、その煙で蚊を追い払っていた。現地の先住民から教えられた日常生活の知恵であった。
 それにしても効き目は十分で、まさに日本の蚊取り線香のように効果があり、どこの家庭でも一日中煙らし続けていた。
 ボリビアの原始林の中の移民受入れ小屋での生活の始まりは、このように蚊との戦いであった。誰しも、このように蚊がいるとは、想像もしなかっただろう。1954年度に入植した一次移民(うるま耕地)は原因不明の熱病発生のために148名が発病15名の犠牲者をだしたが、第二耕地ではマラリア患者はいたが運良く死者は出なかった。
 1959年第7次移民。僕ら家族を含めたウチナーンチュ開拓者45家族244名が入植した。当時は道一つない原始林そのものであった。大人たちは、総合配分地の地図を広げて、(6・7・8次移民)各グループに分かれ、一家族に与えられた50町歩の配分地の切り分け線を、第一コロニア移住地(第1次~5次移民までの耕地)より測量器を借りて、永山哲、山城興喜、与那城清勇氏らが先頭に立ち、第2コロニア沖縄移住耕地を造り始めた。
 蒸し暑い7月の忙しい日々であった。僕はまだ13歳の少年なので、そのグループの中には認められなかった。だが、日常生活に欠かせない食料となる材料集めには船の中で学んだスペイン語が少々役に立ち、友達と馬にまたがり先住民の部落(ファン・ブルン)まで出かけて、ユーカー(マンジョーカ)、チャルケ(牛肉の干し肉)、鶏肉、鶏の卵、青パパイア(粗くおろし炒めて食べる)、ミカン、バナナ等の果物を買い入れる役目を果たした。
 13歳の少年でも食料集めと水汲みには大いに役に立ち、大人同様の役割を果たす一人前の仕事であった。わが家では、母が沖縄から持参してきた野菜の種を蒔きおいたので、自家菜園からの野菜もすでに出来始めていた。

image_print

こちらの記事もどうぞ

  • 自分史=ボリビア開拓地での少年時代=高安宏治=(6)2015年12月8日 自分史=ボリビア開拓地での少年時代=高安宏治=(6)  学校もこれまでの一号線校とラス・ペタ校が合併してヌエバ・エスペランサ校(本部校)となり、パイロン校とリオ・グランデ校も合併しパイロン校(分校)となった。僕の家から本部校までの距離は約8キロもあったので、学校への行き帰りに馬車を利用した。 帰り道は、ドラム缶2個を乗せて水汲みを […]
  • 自分史=ボリビア開拓地での少年時代=高安宏治=(5)2015年12月5日 自分史=ボリビア開拓地での少年時代=高安宏治=(5)  母にブラジルの都会に再移住する、と告げると、母は大変喜んでくれた。11年間のボリビア移民地での精神修養、僕にとっての「無形の財産」となっているものは、[一人の女性の縁の下の力持ち]から学んだ今は亡き母の言葉である。「人一倍働けば必ず成功する」―この言葉は、困難に直面する時に、 […]
  • 自分史=ボリビア開拓地での少年時代=高安宏治=(4)2015年12月3日 自分史=ボリビア開拓地での少年時代=高安宏治=(4)  時間が経つに連れ、原始林の中に三線の音が鳴り響き、老若男女が一体に成り、カチャーシーで喜びを分かち合っていた。沖縄に居たころは、「ユイマール」という言葉さえ聞いたことがなかったが、ボリビアに来て初めての体験であった。一人の力では出来ない仕事を隣近所、あるいは同郷人たちが力を合 […]
  • 自分史=ボリビア開拓地での少年時代=高安宏治=(3)2015年12月2日 自分史=ボリビア開拓地での少年時代=高安宏治=(3)  密林の中には、野生の吼え猿、七面鳥、山アヒル、名も知らない野鳥の群れがグァーグァー叫び、山の中を響かせていた。まさに野鳥の天国である。イノシシ、鹿、山猫、大蛇等の動物にも出会った。豹、トラも出没するという話は聞いていたが、猛獣が恐ろしい、怖いという恐怖感はそれほどなかった。  […]
  • 自分史=ボリビア開拓地での少年時代=高安宏治=(2)2015年12月1日 自分史=ボリビア開拓地での少年時代=高安宏治=(2)  その数日後、第7次移民者に与えられた配分地は、ラスペタ(山亀)区地域と名づけられた。この地域の一部には、その昔牧場があったという跡地がそのまま残っていた。子牛が生まれる度に野獣に襲われ、牧牛を増すことができずに牧畜業をあきらめ別の場所に移動したという。その話は20~30年前の […]