ホーム | 文芸 | 俳句 | ニッケイ俳壇(874)=星野瞳 選

ニッケイ俳壇(874)=星野瞳 選

   アリアンサ         新津 稚鴎

原始林の深き眠りや初明り
河へだて牛啼き交わす夕立晴
色褪せし旱の蝶のとぶばかり
木々芽吹く息吹に昿野霞む日々
日盛りを来し顔冥く火酒あふる

   プ・プルデンテ       野村いさを

昔話となってしまひし暁雪忌
※『暁雪』とは、ブラジル総領事も勤めた市毛孝三氏の俳号。ブラジルの俳句界に重きをなした人物。
風鈴の風に馴染みし佳き音色
茅の輪くぐる備後古市すさのお社
グレゴリア聖歌うつつに年惜しむ

   北海道・旭川市       両瀬 辰江

行く秋を追うが如くに雪の降る
冬のバスのる人もなく灯をともし
動かぬ雪じっと見つめて暮れる秋
雪降ると予報違わず積る夜
我が齢急く事なし早師走

   愛知県・弥富市       森  寿子

茶柱や湯気に消えゆく月日かな
蜩やわれ老い行くも地の涯に
年の瀬や友の柩に添う夕べ
山茶花の柩に眠り火葬場へ
かまつかに年暮れゆかむ晦日蕎麦

【作者はアサイ生れの二世。娘夫婦が子を連れて日本に出稼ぎに行き、その子病を得たので作者は看病に日本へ行った。孫は何千人に一人と云われるジストロフィを病み命を呼吸器でつないで居る状態らしい。作者はもうブラジルに戻られない覚悟を決めているらしいが、こんな人もある】

   ボツポランガ        青木 駿浪

芭蕉咲く山家に古き外厠
夕闇の迫る山家の花密柑
花栗の匂ふタピライ坂多き
夏時間老父の好きな庭掃除
筋力のつくバナナ喰べ老元気

   グァタパラ         田中 独行

村のミサポ語の説教去年今年
去年今年神父は心新たにと
銀蠅を放ち甘蕪の虫退治
養殖の銀蠅甘蕪の虫食うと
老いて尚進化感じて初体操

   ジョインヴィーレ      筒井あつし

難聴の歩を止むるや未明サビア
難聴にも心地よき声サビア鳴く
穏やかにくぐもる声や朝サビア
動静はサビアと我のみ朝の庭
未明よりボスケ姦し囀れる

   サンパウロ         湯田南山子

ポケットに希望いっぱい年迎ふ
初日祭今年は佳いことありそうな
吟杖を小脇に拝む初日の出
すかんぽに九十年がよみがえり
甘酒や母亡き後は妻の味

   サンパウロ         鬼木 順子

夏空や飛機の雲引く一直線
蕎麦も無く年令だけ一つ増しにけり
古暦変えてあれこれ年用意
数え日や身を震わせて紙鳶昇る
夜の秋永く生きねば鍼治療

   ソロカバ          前田 昌弘

新しき芝刈機快調に刈り進む
芝生刈る昨日は表今日は裏
王侯の気分大振りの椰子団扇
ハワイアン老いも若きもアロハシャツ
夕涼みプールの縁に腰掛けて

   ソロカバ          住谷ひさお

小雨降り除夜の花火も侘しかり
小雨に明けて七十九歳のお正月
雑煮食べて奥の細道読了す
フランボイアン咲き納めしてお正月
元日や砂漠のバラの初花開く

   サンパウロ         寺田 雪恵

一人分の素麺ぱらりと茹でにけり
テレビ見て月下美人を見そこない
凋みたる月下美人をなでて見る
九官鳥親さがして鳴く椰子の花
小さき鉢に小さく朝顔夏近し

   カンポグランデ       渡部 チエ

夏時間なじめぬままに終りけり
新農年コッピンの大牧開拓し
急ピッチの国道工事山笑う
改築増築つち音はづむ農の秋
口下手の悔をのこして旅の秋

   マリンガ         野ノ瀬眞理子

飼犬に芸おしえたき主じかな
起こされてシュベイロあびる目をこすり
犬の子に肉を一切れ残しやる
にがごりをみあげに息子訪い呉れし
黄の蝶がむれ飛んでいる桑仏草

   サンパウロ         佐古田町子

孫児らの願いかなえて夏の浜
帝王椰子の葉ずれ涼しき夏浜辺
豊後梅旨し甘しと夏の膳
文協の急坂息の切れる夏
夏の雨布団取り込む足もつれ

   イタチーバ         森西 茂行

一年のすべてのことに感謝して
除夜の鐘煩悩解脱のひびきあり
借金はなくとも師走は忙しき
年末は総決算の時であり

   サンパウロ         小斉 棹子

御輪番替わるお東除夜の鐘
母在せば食べねばからぬ雑煮椀
七草は姑の命日忖すかな
故郷への思い出区切りて初鏡
先達の名句切りなし初句会

   サンパウロ         武田 知子

心には齢重ねず年新た
裏表なき博多帯更衣
赤富士の招待状や初茶会
初鏡いつの間にやら歳重ね
老いたるも老けてはならで年新た

   サンパウロ         馬場 照子

青嵐獅子舞まねて椰子騒ぐ
逃げ水の沸き立つ街道一直線
窓飾り見せぬ不況のクリスマス
蔓薔薇の天仰ぎ咲くお正月
児等約す会話は邦語夏休

   サンパウロ         西谷 律子

良い事で埋まってほしい初暦
水うけて松の緑の淑気かな
インクの香音立て開く初暦
喜寿過ぎて夫は現役仕事始
初鏡老うほど気になる身だしなみ

   サンパウロ         西山ひろ子

おばあちゃんと愛しく呼ばれ明けの春
筆の穂を噛むで下ろせり二日かな
健やかな声を褒め合ふ初電話
子に依え子に教わりて去年今年
仏壇に清浄の灯やお元日

   リベイロンピーレス     西川あけみ

夏休み思い切り買う米と肉
去年今年いつも変らぬ夫のそば
紅白の唄と競そえる餅搗機
それぞれに子等家を持ち雑煮食ぶ
夏の露何も云わずに姉逝きし

   サンパウロ         大塩 佳子

詮なきは詮なきとして初鏡
初夢に辻褄合わぬドラマかな
あれこれと忘れ気づけば年は明け
義き女を悼み花々初ミサに
暑き日やレモン浮かべてアイスティ

   サンパウロ         大塩 祐二

元旦の朝閑散と街静か
あちこちにカレンダー吊し年を待つ
質素でも心のこもる年料理
昨年を謝し今年に願う年始め
節料理夜なべを謝して雑煮食ぶ

   サンパウロ         川井 洋子

大和の地離れて古稀のお正月
みどり児の寝顔が笑う明けの春
長生の秘訣は笑顔福笑ひ
古稀の春人生をより楽しもう
赤ちゃんも夢を見るかな宝船

   サンパウロ         岩﨑ルリカ

初暦字の大きさで選びけり
暑き夜ホラー映画見寝付かれず
通り雨夏の匂いをはこび来て
二キロ増え忘年会の付け来たる
妹の初電の声亡母に似る

   サンパウロ         西森ゆりえ

気がかりな裾上げをする針始め
民衆の抗議空しく年暮るる
カーネーション萌黄の色に楚々として
雨だれもサンバのリズム夏の雨
節水を強いられ洪水に泣く市民

   ヴィネード         栗山みき枝

ハイビスカス雨雫して日照雨
人参のするりと引けて春の土
ジャカランダ季過ぐ庭は霞の芝
芝刈って庭広々と青々と
思い出も心の支え余生かな

   サンパウロ         平間 浩二

炎天に我が影踏みし吐息かな
海山に歓声上がる夏帽子
山間の瀬音清しき夏料理
借景をはるかに眺め夏料理
風鈴やまどろみながら母の声

   サンパウロ         太田 英夫

暦売る娘今年も売れ残り
袋さげ妻のお伴の年の市
捨てないで微笑の美女の古暦
年の市はたとたじろぐ鮪の値
かがみ餅祭られ焼かれ食われけり

image_print