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フィナーレの演目「乾盃音頭」
フィナーレの演目「乾盃音頭」

ブラジル普及70年祝う=京藤間流が新年舞初め=老舗流派、芸能祭に全て出演

 今年、ブラジル普及70周年を迎えた日本舞踊の京藤間流(京藤間勘輝二代目家元)が24日午後、聖市内の沖縄県人会館で『新年舞初め』を開催した。聖、カンピーナス両市で交互に行なわれており、今年はおよそ300人が訪れた。
 舞台は勘靖子名取による「春の寿」で開演。その後は美しい衣装を纏った20代の若手から、80代までの舞踊家が39演目を妖艶に舞った。特に名取の演目には、美しい衣装に豪華な舞台小物が設置され、ひときわ観客の目をひいていた。
 聖州ツッパン生まれという二世の70代女性は、「友達に誘われて来た。とても良かった」と話し、「踊り手も高齢化していると思うが、体の動きは大したもの」と同世代の演目を賞賛した。
 初代勘輝(本名・田中照)さんが指導を始めて70年が経過した今年は、京藤間流にとって節目の年。終戦直後から続く、コロニアでも老舗の流派だ。
 1906年大阪生まれの初代は41年、戦前最後の移民船でモジアナ線クラビーニョス・サンタフランシスカに入耕した。5年間農業に従事し出聖。6歳から舞踊を始め、13歳で上方舞山村流の名取となった経歴を生かし、コロニア舞踊界で指導に当たった。
 77年の死去後は、74年に二代目勘輝を襲名した長女の田中千恵子さんがあとを継いだ。08年の移民百周年には、記念曲「海を渡って百周年音頭」の振り付けに選ばれ、コロニア芸能祭にもこの50年間、毎回出演している。
 舞初めを終え、「忙しくて目眩がしました」と汗をぬぐった二代目勘輝さんは、「京藤間流一門が一体となってお届けでき、皆さんにも喜んでもらえたのでは? 来年はカンピーナスでお会いしましょう」と充実感を漂わせた。
 70周年という節目を迎え「記念事業は特に考えていないんです」と勘輝さんは話すが、来場者からは「流派を超えた合同舞踊大会なんかがあっても良い。選抜された演者のハイレベルな舞踊が見たい」と、期待する声もあがっていた。

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