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ニッケイ俳壇(889)=富重久子 選

   サンパウロ         広田 ユキ

秋晴や神に委ねし我が余生

【若い頃はあまり感じなかったが、最近は月日の経つ早さに驚いている。特に私達のように毎月の句会や俳誌の編集に追われていると、一層強く感じる。この句の「神に委ねし我が余生」とあっさり割り切っていられるが、私はまだまだそこまでの平常心で居られない。
 この句の季語「秋晴や」は、〝秋日和〟と同じであるが、其の言葉の響が「秋晴や」の方が強く感じられる。また〝秋の晴〟とすると、もっと弱い感じになる。こうした微妙な言葉の使い方をよく知っていての選択である。作者のこの「神に委ねし」の心の強さと、俳句の言葉の選択の優れた作句の姿勢は、長い間の修練の賜物であり立派な巻頭俳句である】

古書店に立ち読みをして秋夕立
佳き知らせありさうな日や小鳥来る
身に入むや幼児の多き移民墓地
バスに乗り州境越えし秋の蠅

【この句はバスの中までついて来た蠅の、珍しい楽しい俳句であった】

   サンパウロ         篠崎 路子

アレルイアキャンバスに黄のはみ出せる

【「アレルイア」は歓喜樹と呼ばれ、クアレズマと同じく秋を彩る代表的な花木であって、丁度復活祭の頃咲くのでこの名がある。花は鮮やかな黄色で枝の先々まで咲く。
 この句の様にキャンバス(画布)一杯にアレルイアを描きたく、思わず絵の具を絞り過ぎて黄色が画布一杯にはみ出してしまった。それ程アレルイアの鮮烈な色彩の想像される内容の、よく省略の利いた印象的な佳句であった】

柿てふ字墨痕見事柿祭
秋の蚊やよろよろと来て刺すでなし
アレルイアバスは山越へ友訪ね

   カンポ・グランデ      秋枝つね子

敬老会着て行く服を買ひにでる

【どこでも「敬老会」はあるが、作者も、毎日養鶏の仕事で働くばりではつまらない、今度は出掛けて見ようかなと思いついた作者であろう。
さて、どうせ行くなら一寸くらいお洒落をして皆と会いたいな、と思いついた作者である。何時も淡々として楽しい生活句を投句してくれる作者である。この度のこの俳句も、実に和やかな気取らないよい俳句であった。
 淡々と素直に詠まれておりながら、読む者に微笑ましい感激を与えてくれるしみじみ懐かしいような心に残る佳句である】

秋迎へ日々腰痛も治まりぬ
初秋や眼鏡を拭きて手芸にこる
野朝顔垣根に咲き満つ紫に

   ボツポランガ        青木 駿朗

寝落ちゆく妻を看取りて秋思ふと

【もう何年も病気の妻を看護して居られる作者である。その様な妻の眠ったらしい様子を見て、ほっと安らぎの思いをした時、ふと心に秋思の影がよぎったと言う一句。
 「秋思」と言う季語は、何事にも寄せて秋を感じ何物を見ても秋を感じる事であるが、作者は毎日介護する妻を見ながら、来し方の想いにふと立ち止まって、胸の思いをひもといていたのであろうか。妻を愛し薔薇を愛し、そして俳句を愛して精進される作者に、心からの励ましのエールを送りたい】

仏恩に今日まで生きて秋彼岸
病む妻の影の小さく秋深し   
み仏の母と語りて秋彼岸

   コチア           森川 玲子

末枯れや畑焼く煙地を這ひて  

【晩秋になると草も枯れてきて寂しくなるのを「末枯れ」というが、そんな枯れ草を集めて火をつけて焼き畑を整備するが、最近のこの旱はどうであろう。農家ではぼつぼつ春へ向けての支度もあり、よい雨の欲しいところ。
 枯れ草に火をつけてやいた煙が、畑の地をはうようにして広がってくる、という農家の人のみがとらへた「末枯れ」の佳句であった】

仲秋の月を真近に坂登る
秋の蝶似顔絵描きの顔過(よ)ぎる
柳散る音楽堂の丸き屋根

   サンパウロ         山本英峯子

鯨見し遙かなるかな移民船 

【多くの人が移民船で鯨を見たというが、私も〝鯨が見える〟と言う叫び声で甲板にのぼってみた。初めて潮吹く鯨を見たが、確か群れを成していて暫く鯨の潮吹きを楽しんだ。子供たちも喜んで見ていたが退屈な長旅の移民船では、望外な慰めであった。あれから半世紀、まことに「遙かなるかな移民船」である。懐かしい記憶の中の懐かしい佳句であった】

胸にある記念日幾つマリヤ月
移住地に一度も行けずパイナ吹く
夫亡くも結婚記念日マリヤ月

 ※カトリックでは、5月を『聖母月(マリア月)』という。

   サンパウロ         近藤玖仁子

もくもくと人の形に毛糸編む

【この句の「人の形に」とは真によい表現の言葉。上手な人は、せっせと編みながら何時の間に丁度人の体にそぐうた良い形に仕上げていくから驚く。
 「毛糸編む」の季語はよく使われていたが、近年はあまり毛糸の編み物をする人も少なく、古い季語となっている】

雲行きの怪しくなりぬ秋海棠
鳳仙花夕陽に負けて燃え落ちし
汲み置きの水に浮ぶや秋桜

   ヴァルゼングランジナ    馬場園かね

旅に発つパイナ吹き上ぐ日和かな
紙を切る音のかすかに冬旱
細道の走り根隠す濡れ落葉
門番のいつも黒服冬旱

   ピエダーデ         高浜千鶴子

おととひも昨日も今日も五月晴
失業を笑って百姓鍬を引き
温め酒亡夫の友の泣き上戸
母の日も無き世に逝きし母を恋ふ

   リベイロンピーレス     中馬 淳一

木守柿高きに一つ真っ赤かな
葉の虫が化けて紋白蝶となる
秋出水坂はたちまち浅瀬川
秋出水寄る辺なき道ぬれねずみ

   サンパウロ         間部よし乃

秋嵐花壇荒らして去りにけり
コスモスや何処に咲きても風にゆれ
孫の来て弾ける笑ひ庭の秋
近道の路地を彩る秋桜

   サンパウロ         橋  鏡子

祭には「ミス」がつきもの柿祭
残る虫仕舞ひしままの夫婦箸
アレルイア孫に教はるおしゃれ染め
仏前に供へ鶏頭旅の朝

   サンパウロ         須貝美代香

コスモスの風に波打つ野原かな
ひしめきて背くらべする貝割菜
一斉にさあ渡ろうと鳥帰る
眼差しを遠くにむけて秋思かな

   サンパウロ         山岡 秋雄

バスを待つ列に声なし秋時雨
釣りマニア釣れしパクーを放しやり
秋草の果てなき道や徘徊す
重い木をかつぐ者ゆく四旬節

   サンパウロ         伊藤 智恵

鶏頭花血気あふるる鶏のよう
歓喜樹や花束捧げている様な
届きそう汚染無き夜の天の川
残る虫仲間いづこと鳴く如し

   サンパウロ         彭鄭 美智

リズム体操秋空晴れて健やかに
老人会食べておしゃべり秋の空
秋深し神の力で生きてをり
秋晴れや楽書倶楽部たのしみに

   サンパウロ         鬼木 順子

色鳥や勇壮に羽ふるわせて
その昔靖国銀杏拾ひ来て
柿紅葉散りて残れる実が一つ
紋白蝶秋の日浴びて笹垣根

【お尋ねの「紋白蝶」は春の季語ですから、「秋の日浴びて」と言う秋の季語を退けて、<紋白蝶朝日を浴びて笹垣根>とすれば大丈夫で、春の俳句になります。しかし、今はやっと晩秋から初冬に入ったばかりですから、なるべく当季雑詠で詠むことに心がけて下さい】

   ソロカバ          前田 昌弘

新涼や刈り払はれし池の淵
パイネイラ昨日は東今日は西
露寒や拾はれし子と誰か知る
夕顔やお茶目澄ました顔をして

   ピエダーデ         国井きぬえ

夕焼けや山火事かなと帰り道

【ブラジルの夕焼けはこの作者の詠まれた様に、火事かと思わせるくらいの強い朱色の美しい夕焼けである。下五の「帰り道」の結びがよい佳句であった】

夕月夜もやしととのへ味噌汁へ
爽やかな朝の散歩やグラマ伸び
秋晴やぴんぽんしては玉忘れ

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