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自伝小説=月のかけら=筑紫 橘郎=(8)

 さらに艦内放送でも「忘れ物のない様に慌てず、気を付けてゆっくりお願いします。アルゼンチン行きの方は、慌てないで自室でゆっくりお待ち下さい」と頻繁に流れていた。
 それでも日本人は気が早い。昨夜から用意していた人もいたようだ。家族移民の人もおられる。何と忙しい事か。日野さん(日野さんは福岡県朝倉郡杷木町出身の呼び寄せ家族移民)も、「そろそろ朝飯にいきますか。腹が減っては戦にゃならんからね」と千年君によびかけた。
 ここに登場の日野博之君家族は、博之君の母、つまりお母さんが若かりし頃その父、博之君のお爺ちゃん(祖父母は既に戦前ブラジルに移住されていた)はサンパウロ州パウリスタ線ジュンケイロポリス郡で大成功されていた。
 このようなご家族は戦前、戦後を挟み家族の事情で離ればなれになっていた。だが、終戦後、日本ブラジル間に移住条約が結ばれるに至り、家族呼び寄せ移民が可能になり、博之君家族もぶらじる丸移民船の同船者となり、同郷のよしみで千年君と親しく、特に博之君とは兄弟のようになって行った。
 ぶらじる丸移民船、五十日近い長い長い航海中は、若い青年と十二歳ていどの男児が急速に親しみを感じ、共に世界を股にかけて寄港地を旅するには、言語の通じない国々、若者には好奇心の楽園で新天地を見聞遊び歩くのが仕事と、贅沢な日々を過ごす事が出来た。その博之君ともサントス港でお別れを惜しみ、離れて行かねばならない。
 この時ばかりは暢気な「フー天の太郎」の目にも涙が見られた。このような優雅なドラマも決定的お別れのときが来た。移民船ぶらじる丸、サントス港接岸、午前七時の船内である。そうだ日本の飯も今朝限りたい。喰いおさめに「たらふく」やりますか。こんなやり取りが、あちらこちらでお賑やかな事。食堂は満杯、いよいよの感が一杯である。岸壁にはもう朝早々と見物客か、お出迎えのパトロン様か、早朝からご苦労様です。(注=最後に登場した日野博之君は後日サンパウロ州政府の高官として登場します)


第二章  「移民人生 朝日は昇る」

 ブラジル国サンパウロ州サントス港の岸壁に接岸。大きな汽笛が連続的に鳴り響き、それで目が覚めた。一九五七年正月十七日午前七時。移民船ぶらじる丸はサントス港であった。昨夜は世界三大美港のリオ・デ・ジャネイロ港に停泊。さすがにその夜景たるや「世界の名所」そのものであった。
 日本の戦時中育ちの「井の中の蛙」には、昨夜のリオ港の夜景の素晴らしさにくわえ、一夜明けて、これまた慌てて甲板に出て見えた超大型船とその数に、ひたすら感無量――。これが、我々移住者のブラジルにおける第一歩の地、サントス港か…。
 ブラジルを代表するアマゾナス大河の河口ベレン港を出航して、途中レシフェ港でも移民北東伯組の下船、荷降ろしに一昼夜。それから、またブラジル国沿岸を南下して来た。まことにブラジル国の大きさに感無量の旅もここで終わり、千年太郎君は下船する。
 これからはブラジル移民として第一歩を踏み出すのであります。果たして、また日本の土を踏む事が出来るのか、さすがに覚悟の上とは言え、哀感に沈んだ太郎君ではあったが、感傷にふける時間などあるはずはなかった。

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