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未来への遺産となるか=リオ・オリンピック会場=果たして東京五輪のお手本に=サンパウロ市ヴィラカロン在住 毛利律子

オリンピック・パークの全景。奥に風光明媚な山々が広がる(Foto: Renato Sette Câmara/Prefeitura do Rio)

オリンピック・パークの全景。奥に風光明媚な山々が広がる(Foto: Renato Sette Câmara/Prefeitura do Rio)

 本日8月5日、南米初のオリンピックがリオデジャネイロで始まる。
 ブラジルがこの数年で急速に深刻化した政治・経済が混迷を深める中、開催経費382億レアル(約1兆2200億円)をかけて開催にこぎつけたと報道されている。
 オリンピック・パーク(五輪メイン会場)は、なんと広さ約118万平方メートル、東京ドーム25個分の広大な敷地に建設されているという。さすが、広大な国土ブラジルならではとため息が出る。
 連日の報道記事の中でも特に印象的だったのは、リオデジャネイロのパエス市長の発言であった。市長は意気軒高と、「リオ五輪はこれからのオリンピック開催都市の『手本』になるべきだ」と話し、その「手本」となる根拠は開催経費382億レアル(約1兆2200億円)の64・4%の246億レアル(約7900億円)が(未来への遺産)のために使われるというのである。
 国際オリンピック委員会(IOC)からも賞賛された未来への遺産・プロジェクトというのは、ハンドボール競技場が改築されて4つの学校になり、ほかの競技場は、アスリートのトレーニング・センターや市民のレクレーション施設、国際会議場、展示ホール、イベント開催施設に改装する計画である。
 150キロメートルの交通システム、20キロメートルの地下鉄などが網羅され、リオ市内は大変革をもたらされることになると報道された。
 「将来の開催都市のお手本になる」という見解について、競技場が改築されて学校になるという発想も、さすがブラジル、壮大な計画だなと感心する反面、2020年の開催国、日本のような小子高齢化社会がお手本とできるのか疑問に思った。
 かつて日本は高学歴社会実現計画の一環として、各地に大きな施設の大学がいくつも立ち上がったが、今日、そのほとんどが閉鎖に追い込まれた。理想的な教育は、優秀な教師が少人数の生徒を育成するのが望ましいといわれる。教師には高い給料が支払われ、安定した生活環境の中で人材育成に専心することである。
 果たして、数千人を収容する建物を改築して、理想的教育現場を作ることができるのだろうか。日本のバブル時代の〃遺物〃、箱物政策下で莫大な費用をかけて日本各地に作られた公共施設、ホテル、公園等々、その多くが将来世代のツケとして遺された現実を、ブラジル政府のお役人はご存知だろうか。
 インターネットの動画サイトの空から見るオリンピック・パークは、問題含みといえども、あっという間に用意した「人工の町」という印象を受けた。同じような形の巨大な白い箱物が並んでいる。なんだか幼い工作のジオラマを観る様な気分になったというとお叱りを受けるだろうか。

雲が渡る水墨画のようなコルコバードの丘(Foto: Shana Reis)

雲が渡る水墨画のようなコルコバードの丘(Foto: Shana Reis)

 しかも同時に俯瞰するリオの入り江一帯の壮麗な景観と比較すると、リオの自然の特性を活かし、しかも融合した景観を作ることができなかったのか、という個人的な思いを抱いている。
 リオの街を見下ろす巨大なキリスト像の立つコルコバードの丘へ辿るには、わずかに残されたというマッタ・アトランチカ(大西洋岸森林地帯)を抜けるケーブルカーで登る。そして、丘から見渡す入り江は海から立ち昇る靄に包まれ、その中にポン・ジ・アスーカールが幽玄として浮かび上がっている。ブラジル独特の原色の色彩とは対比する景観を前にして、むしろ深い感銘を受ける風景である。

地球サミットの開催地ゆえの配慮はどこに?

 1992年、このリオで第一回の環境と開発をテーマとする首脳レベルでの国際会議「地球サミット」が開催され、この会議からほぼ20年後の2012年6月20日から22日に、同じくリオで「リオ+20」という「国連持続可能な開発会議」が開催されたことは、記憶に新しい。
 『ニッケイ新聞』2012年11月29日号における報道では、その成果は「およそ解決の糸口が見いだせないまま、商業的なイベントばかりが目立ったという状態であったが、環境相は11月27日、国力を挙げて植物の実態調査や環境保護に取り組み、その結果、地球にとって2012年に起きた唯一のグッドニュースとして、法定アマゾンの森林伐採が前年比27%減り、国立宇宙調査研究院(INPC)が観測以来の最低値と発表した」とあった。
 このような報告から再認識することは、地球の自然を人間文化のために開発すると、必然的に野生の状態やそれに依存している多くの生物種の破壊をもたらす、「自然と人間が豊かな共存」を目指すには「自然保護」と「人類の発展」の間には基本的な深刻な矛盾が存在している、ということである。
 なぜ第一回の「環境と開発に関する国際連合会議」がリオで開催されたかという理由は、一般市民には知る由もないが、自然の懐の深さを知るには、世界各地にある大自然の中でも、ブラジルは最も分かり易い対象であると考える。
 個人的な感傷に過ぎないが、サンパウロでの一本の樹木との出会いに、筆者はその思いを痛感させられた。

3千年の樹との出会い

3千年の樹ジェキチーバ・ローザ

3千年の樹ジェキチーバ・ローザ

 その木はサンパウロ州木で「ジェキチーバ・ローザ」である。この木は、大西洋岸森林の中で最大、かつ地球上で最古の植物の一つと言われている。この樹は、ブラジル特有の樹木で、学名サガリバナ科、広葉の落葉樹で、公称樹齢3030年の大木である。高さは47メートル、円周16メートルもある。
 サンパウロ在住の方々には周知のことで、すでに見学をされた方も多いかもしれないが、「3千歳の生き物」としての樹木の存在を知ったときは非常に驚き、強い焦燥感に煽られてその木へと向かった。
 サンパウロから北へ約220キロ離れた標高740メートルの高原にある閑静な町「サンタヒッタ・ド・パッサ・クワトロ」という人口2万6千人ほどの町がある。1860年に地方自治体として認められたというから、およそ150年の歴史がある。
 この町を特に有名にしたのはブラジル人作曲家のゼキーニャ・デ・アブレウ(1880―1935)である。彼の作曲した「Tico Tico no Fuba(チコ・チコ・ノ・フーバ=トウモロコシの粉を啄ばむ雀)」はブラジルポピュラー音楽のジャンルのひとつであるショーロの最大のヒット曲といわれている。
 1954年に製作されたゼキーニャの伝記映画は、この町のゆったりとしてのどかな田舎町のたたずまいの、美しい映像から始まる。そこには大きく枝を伸ばした木々が陰を作り、淡い陽光のもとに風になびく花々や、人々の穏やかな心温まる日々の営みが映し出されている。
 この町はヴァッサヌンガ州立公園(1700ヘクタール)の中にある。
 見学者はまず、公園の案内所で15分ほどの学習ビデオを見た後、バスで10分ほどの林に向かう。
 案内人に伴われて、徒歩で1キロ先の目的地に向かって歩き出した。林の中は意外なほど開放感があり、ひんやりとして乾燥し、密林という雰囲気は無い。
 木々の間を鳥のさえずりが響いている。歩道としてしつらえられた小道の両脇には20センチほどの高さの土手が続き、その土手には動物の出入りする穴がいくつもあり、周りには無数の筋状になった細い獣道が付いていた。
 目的地に近づくにつれ厳粛な空気が辺りに漂い、案内係も見学者も言葉少なになっていく。一歩一歩と歩みを進めるうちに、胸の鼓動が高まっていくようであった。
 そして、急に頭上に空が広がり、ハッと目の前が開けたような空き地になった林の中の奥に樹齢三千年のその樹は、忽然と姿を現した。
 目の前の大木は、想像をはるかに超える大きさだった。しかも姿形は隆々として、驚くほど若々しくエネルギッシュで、老いた片鱗も見られない。樹皮は意外にも柔らかく感じた。なぜこれほどまでに生命力に溢れ、生き生きとしていられるのか。真っ直ぐに伸びた幹に枝はなく、四十メートル先の頂点に手のひらを大きく広げたような形で枝が伸びている。枝には濃い緑の葉が煌いている。真下から見上げると、その枝も葉もまるで大空を飾る模様のようになって、空に溶け込んでいる。
 この樹を見上げて暫く思いに耽った。3千年という悠久の時の流れの中で、いくつもの集団の、幾千という人々や動物が、この樹の下で休息し、その前を移動していったに違いない。
 それともここは密林で、長い歳月を無人の環境の中で、野生動物の季節移動を見守るだけであっただろうか、と。

人為による自然「破壊」と「保護」の必然性

 この木を見上げた時の感動は未だに薄れることはないが、思い出す度に考えさせられることがある。もし、この木が、未開の密林にあったら、現代人はこういう自然の賜物を見て、畏怖の念、畏敬の心を抱く体験をすることが、どれほどできるであろうか、ということである。
 この木を見せるために、当局は教育施設を兼ねた開発をした。自然公園となって人が集まることによって維持され、職員を教育し、人々も教育される。非常に便利で快適な現代人に合わせた工夫が各所に見られ、見学者は街中のイベント会場を訪れる感覚で、3千歳の樹を見ることができるのである。
 そしてブラジルの各地で自然と触れる体験をしたいと願うものにとっては、たいていの場所がこのように設備が行き届き、日常生活の延長として自然に触れることができるように作られる。実態は、人間のために森が大きく削られ破壊されていたとしても、人間のために作られた自然はそれなりに守られていく。それを「自然との共存共栄」と呼べるかどうかということは、また別の議論となるであろう。

木漏れ陽

木漏れ陽

 例えば、リオのオリンピック会場付近に点在するわずかな緑地は手つかずのまま残されるのではないか。古地図を広げてみたとき、しかし、この巨大な建造物の維持管理はどれほどの費用がつぎ込まれるであろうか。

 ブラジルが発見された1500年以後、日本の国土面積の23倍という広大な国土には、多くの開拓者たちが入り、森林を伐採して人間の世界を広げ、文明を受け入れ、今日のブラジルの姿に変えてきた。1960年当時70%あったマッタ・アトランチカ(大西洋岸森林地帯)の森林は、現在およそ8%しか残っていないという。そしてリオは国際観光都市の一つになり、サンパウロは世界有数の経済都市に変貌した。
 フランスの思想家、ジャン・ジャック・ルソーは、人間が「自然に帰ることの難しさ」を説き、さらに「自然を取り戻すことの難しさ」を説いた。今日の自然保護運動でも同じ言葉が繰り返されている。ブラジルの自然保護とブラジル国家の繁栄の在り方こそ、人為に対して人為をもって対抗する「未来への遺産」造りの手本となるのではないだろうか。

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