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わが移民人生=おしどり米寿を迎えて=山城 勇=(16)

 一面坡訓練所本部には6ヶ中隊が配属され、それぞれ2ヵ年から3ヵ年そこで訓練を受け、その後開拓団へと移行する。開拓団も団体の共同経営が続き5ヵ年後から個々人の農家経営になる。結局一カ村の開拓村を形成するまでに8ヵ年を要することになる。従って、その開拓村社会を形成するには村役所、学校などの他公共施設や基本的な技術や、流通機関も必要となってくる。そのため隊員それぞれの趣味、能力、性格、技能や可能性をいかした技術養成の必要性が考慮され、中隊長や幹部によって特殊な職場や養成機関へとそれぞれ特技性を生かすべく指名され指示もされたのであった。
 即ち1つの村作りに必要な人材を育成し理想郷作りを企画考慮した。中隊長による部署・部勒の人材配慮が打ち出されたようである。満州の長い冬も明け5月になると、農耕がそろそろ始まる季節となる。解氷したら一挙に耕作し播種裁植しないと短い春・夏の農作物は遅れてしまう。従って急ピッチに短い活動期間は全隊員が早朝から日没まで懸命に働かねばならない。
 それもそのはず、その季節は、朝4時に夜明け、午後は9時まで明るく働けるからでもある。長い冬眠から目覚めた草木も、同様に早い成長には目を見張る程だ。短い一農年は大量の農産物を生産する為にがむしゃらに働かねばならない特殊性を学ぶのであった。

 農耕作業

広大な耕地の耕作は、一挙に7~8頭の馬を使い馬耕するので、それだけに能率があがる。当時は農機具まで軍に徴用され、農耕には犂しか使用できない時代だった。従って牛や馬が最大限に農作業をする時代であった。
 農耕開始と同時に中隊長命令で私は、畜産部勤務に配属された。10数頭の馬や牛(乳牛)を5名で世話することになった。交通機関には総て馬が利用され、農耕用と車ひき用輓馬に乗馬用の馬が合理的に、そして品種別に使い分けられて便利だった。
 しかし、連日一面坡訓練所本部や他の中隊との往来には乗馬用馬が使用されるし、食糧運搬用輓馬は頻繁に車か橇を轢くので畜産部は運送業務と共に連絡用にも重要なポストであった。そこで私は、入所から6ヶ月目の9月には関東軍第一野戦補充馬廠監第380部隊に派遣された。その部隊の獣医訓練生として全国義勇隊訓練生から30名が集り一個小隊を形成していた。
 この小隊長は鹿児島出身の佐藤軍曹、獣医教官は壱岐中尉だった。軍馬は舎房一杯いたが、東北出身軍族が世話にあたり精鋭軍人たちはほとんど南方戦線へと移動したとのことだった。当時太平洋の戦局は一層厳しさを増し兵員は減少するのみでフィリピンもまたたくまに奪還されたと伝えられた。
 佐藤軍曹は同じ九州出身と云うことで私に対し特に気遣っているようであった。45年5月頃だった。「沖縄本島の米軍は激しい攻防戦で中部を占領して南部に進んでいるようだが君の生家はどこか」と尋ねてくれた。どうしてその戦況を知ったのか非情な軍部内で敗戦事情を語れる小隊長の温情な気心が本当に有難く感謝に堪えない気持ちだった。

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