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連載小説=わが移民人生=おしどり来寿を迎えて= (83)  山城 勇

 山戸は、急遽母国沖縄に妻子を連れて帰国しました。1927年の事でした。
 その帰途四国の高知県に妻の実家を訪ね、3ヶ月滞在した後ブラジルに帰省した。
 2度目の訪日は1968年で、米軍政の統治下にある郷土を再度訪問し、その変貌ぶりに驚愕したという。

篠原恵美子―― 父は、年老いても記憶力が良く、TV、新聞記者とのイタービューにも人物や年代などについて実に詳しく応答し、記者たちをして感心せしめたと云われています。

 子供に対する躾教育においては、率先して自ら挨拶や接客ぶり等をやってみせ実に教育的な父でした、母楠枝は、教育熱心の人で、山戸も子供の教育面については、すべて一任していたようでした。

 また彼女は社会活動にも一生懸命で現在のエスペランサ婦人会の創立者の1人とも云われ、娘たちも当会の役員として活躍しているところです。

 私は、金城家を訪ね、インタービューを続けている内に、恵美子さんはじめ、その家族に至るまで皆、よく父山戸の影響を受け、その優れた人格と能力が伝承されていて、単に先駆移民としてだけでなく、最も尊敬しわれわれの誇り得る移民像だと、つくづく感銘を受けた。

 山戸はその人柄からして多くのブラジルの知名士を顧客にしていた関係上、交友・人脈も多彩であった。

 戦争中、名のある多くの日本人たちは敵国人として敵視され弾圧・投獄されていた。
 そのような中にありながら彼は、その人々を庇護し、彼自身その憂目に合わなかったと伝えられている。

 人徳の素晴らしさを偲ばせるものがあります。

 私たちが篠原恵美子さんの自宅を訪問した時、壁に掲げられた金城山戸翁の写真は泰然として我々に何かを語りかけている様な感銘を抱いた。

 そして清潔で明るい家庭という印象であった。
 恵美子さんは、多くの大切にしまってある貴重な資料を懇切丁寧に説明の上、惜しみなく貸して下さり、私共の編集の手助けに大いに貢献して頂いた。

 衷心より感謝申し上げる次第です。山戸翁の妻楠枝夫人は、1975年11月10日、心筋梗塞で倒れ、眠るが如く此の世を去り、山戸翁は1988年6月17日、「移民の日」の前日、しかもブラジル日本移民80周年祭の前日に全日本移民に惜しまれながら不帰の人となった。

 私たちは、実に偉大なる彼の生涯と崇高なる人格に限りない賛辞を送り、尊敬の念をもって慕うものである。

 志高き移民像として、またその人格として永遠に私たちの子々孫々に継承されていくことでしょう。
 翁の冥福を祈り、心の中で合掌しつつ恵美子さん宅を後にした。

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