ホーム | 文芸 | 連載小説 | どこから来たの=大門千夏 | どこから来たの=大門千夏=(22)

どこから来たの=大門千夏=(22)

「テニスがいるんだ」顎をしゃくっていきなり言った。自分たちの要求を聞くのは当たり前と言った横柄な態度。
「ここはバザーだから何時でも売りますよ。一足二レアル」鉄格子の内側から大声で怒鳴った。よく見ると意外と小奇麗なTシャツを着て、半ズボンにゴムぞうり姿。しかし顔や手足は汚れていて何日も洗っていないようだ。
「金はない」威張って鉄格子に顔をくっつけてキョロキョロ中を探るように見ていう。
「ふーん。困ったねー」
 傍にいた政子さんは「ここの売り上げでね食料を買ったりおもちゃを買ったりしてファベーラ(貧民窟)に持って行くのよ。私たちはボランティアだから何にも利益はないのよ」と一生懸命に説明していたが、顎のとがった兄貴分がうるさそうに、
「たくさんあるじゃあないか、一、二足くれたっていいだろう。そこにあるのをくれ」指さして居丈高に大声で言った。
「足の番号は?」
「三八と四〇番だ。早く!」威圧するように言う。鋭い目に暗い表情をしている。まだ一五?一六歳
なのに。
「お金は?」
「ないと言っただろう。そのテニス(運動靴)をくれ、そこにあるじゃあないか」結構ドスのきいた声で何度も眉間にしわを寄せるようにして怒鳴る。
「ふーん、こまったねー」じっと相手を見た。半黒の兄貴格が我々二人を交互に見てにらみつけてくる。ポケットからはまだ手を出さない。わざと凶器を持っているようにみせかけているのだろう。弟格は色白でオドオドと成り行きを見ている。しばらくの沈黙の後、
「あんた達はメンジーゴ(乞食)なの?」
私が突然聞くと一瞬びっくりして、ムッとした顔。
「ちがう、メンジーゴじゃあない」
兄貴格がきっぱりと怒ったように言った。(じゃあ強盗?)
「あんたたちはメンジーゴじゃあない。ではオルグーリョ(自尊心や、誇り)を持っているのね。それならいくらでもいいからお金を払いなさい。払えばお客さんよ、でもタダでもらったら乞食よ、どっちが良い?」二人はキョトンとして何を言っているんだろうという顔をした。
「オルグーリョは人間に一番大切なもの。あんた達だって誇りを持っているでしょう? メンジーゴじゃあないっていう誇りを」と言うと判ったような判らないような顔をして、鉄格子から顔と手を離すと、二人で何やらひそひそ話していたが、そのまま黙って帰って行った。
 四日目にやってきた。今度は四人で来た。
 鉄格子戸の向こうでみんな下を向いて、もぞもぞとして「お前が先に行け」とつつきあっている。心なしか晴れやかな表情をして、先日の険悪な雰囲気はない。そして一人が勇気を出して、握りしめていた二レアルのお金を私の手の平に置いて「テニス」と一言小さく言った。
 まだ体温の残っている硬貨は、この子の心の奥底にひそんでいる自尊心を伝えてくれているように思えた。
 後の三人も順番に私の手のひらに二レアルづつ置いた。どの硬貨もホカホカと温かい。みんな自信に満ちたような明るい顔をして、そして中古のテニスをうけとった。
「これは日本製よ」
「えっ、これ日本のテニス?」びっくりして、上下靴をひっくり返して見る子、急に顔中笑顔になる子、さっそく履いてみる子、しぐさはかわいい。

image_print