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どこから来たの=大門千夏=(83)

 モン族の女性は藍染のシャツの袖口に幅広く刺繍がしてあり、襟、スカートのベルトにも細かい刺繍がしてある服を着ている。その上、背中には一〇㎝四方くらいの特別に目の細かい刺繍の布が縫い付けてある。家族によって模様が決まっているようで、日本人の着物に付ける紋のようだ。
 頭には藍染の筒型帽子。足にはゲートルのようにこれも藍染の布を巻いている。山道を毎日何㎞も歩いているのだろう。誰一人贅肉が付いている者はいない。みんな細い脚をして裸足にゴム草履をはいている。
 ザオ族の女となるとおしゃれで老若関係なく真っ赤な布を頭に巻いて、これに鈴や房飾りを付けて満艦色、見ているだけで楽しくなる。藍染めの上着には襟と袖口に黒と緑で刺繍がしてあり、黄土色と緑色の細かい刺繍が入った膝までのパンツをはいている。何もかも自分で作った衣装だ。
 彼女たちは手に手に自分の作品を持って観光客を取り巻く。その攻撃はものすごく、あっという間に五?六人が集まってくる。手にとって見ていると次々と女に囲まれ、一つ買おうものなら何十人と女が集まってくる。皆、手に手に自分の作品を、買ってくれと競って見せる。
 私は手芸品が大好きなので、ついつい立ち止まって手に取ったりする。するとあっという間に女の子に取り巻かれる。手芸品に興味のない私の友人は遠くから眺めて「えらいモテモテじゃあないのヒヒヒ」と笑う。
 「私の魅力じゃあないの、私の財布がモテてるだけ」というが、こんなに人に囲まれたのは生まれて初めてだ。
 彼らのこの手仕事を見せられてはすげなく帰れない。この刺繍は私がすれば(絶対できないが)一年はかかると言うほど手の込んだ作品である。それを五ドルや一〇ドルで売っているが、それでも観光客で買う人は少ない。彼女たちにとっては農作業の合間にやすむことなく針仕事をして作った品物だ。たとえ道端で休憩している時でさえ手は刺繍をしているか、麻の糸を紡いでいる。五?六歳の子供も同じように見よう見まねで手先を動かしている。
 「この働きぶり仕事ぶり、感動ものよ」そう言って、とうとう私は売り攻撃に負けて二枚のクッションカバーを買った。一枚一〇万ドン(日本円で五〇〇円)を九万ドンに値切って二人のモン族のおばさんから一枚づつ買った。真ん中に二〇㎝平方くらいの刺繍があって、その周りを藍染の布でかこってある。
 すると背の高い一人の少女が「私のも買って」とクッションカバーを差し出した。緑色濃淡の刺繍で色合いがとても気に入った。同じように一〇万ドン。
 「高いわ、小さいのに」さっき買った品の半分の大きさである。
 「特別に手の込んだ仕事がしてあるの、ちゃんと見て」と言うように、言葉は通じないが、右手で指差して、怒ったように私をにらんだ。
 「高いからいらない」と冷たく言うと、困ったような顔をして黙った。でも盛んに品を指差して此の仕事を見て頂戴、と言った仕草をした。
 彼らは独特の民族の言葉を持っていて言葉はさっぱり通じない。観光客相手に片言の英語の単語を並べるのが精いっぱいだ。
 「いくらだったら払ってくれるの?」と少女はなおもしつこく聞いた。
 欲しくない私は「七万ドン」(三五〇円)といい加減に答えた。彼女はおどろき、全身に敵意を浮かべて私をまっすぐ見て、にらみ、手芸品と言う物の価値を知らない人なのねと明らかに軽蔑しているようにプイと横を向いた。
 さあもう帰ろう、これ以上買う気は毛頭ない。荷物を持ちたくない私はお土産は極力買わない主義だ。でも周りにはかごを背負った女が一五人くらい居り、どんどん増える。逃げるようにホテルに向かって歩き出した。しばらくするとさっきの少女が、「七万ドンでいいから」とクッションカバーをさしだした。二人の間に沈黙がながれた。欲しくはないが私から言い出した手前買わざるを得ない。

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