ホーム | 日系社会ニュース | 《ブラジル》アサイ=冗談から始まった「旭城」=ブラジル初“日本式”城の裏話=(下)=シンボル、観光活性化に期待

《ブラジル》アサイ=冗談から始まった「旭城」=ブラジル初“日本式”城の裏話=(下)=シンボル、観光活性化に期待

1階では日本移民が生業としたコーヒーと綿栽培についての展示が開催されている

1階では日本移民が生業としたコーヒーと綿栽培についての展示が開催されている

 2008年の定礎式から4年が経ち、城は8割が完成していた。ところが、次の市長選で当選した新市長は一切、築城を進めなかった。新市長は前市長のライバル派閥で、小岸さんが直談判に行くとけんもほろろに「あんな箱物に出す金は一銭もない」とはねつけた。
 会員の反対を押し切って築城を決めた小岸さんは立つ瀬がなくなり、「夜も寝れなかった」と当時を振り返る。次の市長の任期中、瓦が崩れ落ちたまま放置され、雑草が生い茂るようになった。
 転機となったのは、その次のアカシオ・セッシ現市長が16年に就任したことだった。築城を発案したボンテンポ元市長の後押しを受けて立候補し、敵対派市長との選挙戦に僅差で勝利した。
 ボンテンポ元市長の意思を受け継ぎ、選挙2年後の入植祭、2018年5月1日に開城すると宣言。連合会会員は工事再開を喜んだものの、8年かけて完成しなかったものがそれだけの短期間で出来上がるとは信じられなかった。7月にパラナ州マリンガで日本人移住110周年式典が開催されるため、そのときまで延期することを提案したが、市長は頑として譲らなかった。
 それから工事は急ピッチで進んだ。市長が奮起したことに加え、パラナ州出身のアレックス・カンジアニ連邦議員の後方支援によるところが大きかった。結果的に2017年末に完成。予定していた5月1日にきっちり開城式を行い、地域住民4千人が祝った。
 小岸さんは「無事完成しほっとした。今では皆も喜んでくれている」と胸を撫で下ろす。夫婦で城を訪れたアサイ在住の嶋田ルッカスさん(28、三世)は、「ブラジルに日本の城ができるなんてすごい。高台にあって眺めが良いね」と笑顔で話した。
 旭城は市が所有運営し、アサイ文化連合会が日本移民展示を提供するなどして協力する。城内は1階から3階が展示スペースで、4階には市文化局が移設された。
 2階は日本食レストランを開業するつもりで厨房が常設された。だが、市文化局長マリアナ・ヴァレリア・レオナルヂさんは「資金が足りず、すぐ営業開始は難しい」と見通しが立たない。
 開城時点では何も置かれていなかった3階。アサイ文化連合会の吉田国広副会長(73、二世)が市に何か展示をするよう掛け合ったが「今年中になんとかする」とのつれない返事だった。「せっかく来た人をがっかりさせてしまう」と心配した吉田副会長が、自主的に市の歴史をたどる写真パネル21枚を展示した。
 セッシ市長は「アサイを『日本移民の町』としてアピールする」とし、周辺の温泉や教会などの観光地から観光客を呼び込みたい考えだ。「旭城」来場者は開城から2カ月で5千人に達した。町のシンボルであるとともに、一層の集客に期待がかかっている。(山縣陸人、終わり)

image_print

こちらの記事もどうぞ