ホーム | 連載 | 2018年 | 日本移民110周年=サントス日本語学校の完全返還=ようやく訪れた「本当の終戦」 | 日本移民110周年=サントス日本語学校の完全返還=ようやく訪れた「本当の終戦」=(5)=皇太子殿下「ごくろうさまでした」

日本移民110周年=サントス日本語学校の完全返還=ようやく訪れた「本当の終戦」=(5)=皇太子殿下「ごくろうさまでした」

奥からキヌ子夫人、娘の小代子さん、上新さん

奥からキヌ子夫人、娘の小代子さん、上新さん

 戦後「負け組」になったのは主に、戦前の同胞社会指導者や企業家らだ。彼らはその立場ゆえに、戦中にDOPSから資産凍結や理由の不明な長期勾留などの不当な扱い、人によっては拷問までを受け、独裁政権に対して心が折れてしまっていたのではないか。そんな理不尽な戦時中の処遇に、ひたすら従順に耐え忍ぶことで生き延びる道を選んだ。
 だが、そんな立場を持たなかった移民大衆は、戦中の拷問に遭うことは少なく、逆に政権への闘争心を燃やした。
 だから、終戦直後になって勝ち組と負け組に分かれたとき、政権からの報復を恐れた負け組は官憲と組んで、勝ち組を粛清する側に回ったのではないか。
 同胞社会の大半を占めたはずの勝ち組は戦後に弾圧を受け、日本への想いを表に出せなくなり、心の奥深くに秘めて保ち続けた。しかし、それがあったから戦後の日系社会の日本語教育が続けられ、日本文化継承が熱心に行なわれた。
 だが、戦後編纂された移民史においては、一般的に「勝ち組=狂信者」との単純な図式に押し込められ、その貢献が徹底的に削除された。
 彼らがまさに“狂信的”に日本文化継承に献身したからこそ、ある程度の日本語や日本文化が残った現在のブラジル日系社会がある。これは後世からの視点として、しっかりと認めるべきではないか。
     ☆
 上さんの姉は戦前にサントスに嫁ぎ、戦中に強制退去させられた。その姉が戦後にサントスに戻ったとき、上さんはそれを頼ってリンスからサントスに移った。そして、強制立退きの理不尽な事実を聞いた。
 「当時は強制立退きから戻って来た人がたくさんいた。着の身着のままで24時間以内に立退きでしょ。みんな悔しがっていた。中には夫が沖に漁に出ている間に家族が強制立退きになって、数年間お互いの所在が不明だった人も」と上さんは憤りながら言っていた。まったく残酷な話だ。
 上さんは強制立退きの事実を聞き、青年期から心に奥に静かに燃えていた熾火に風が吹きこみ、一気に闘争心の炎が燃え上がったに違いない。資産凍結と強制退去という歴史的な誤りの象徴として、サントス日本語学校返還に情熱を燃やした。だから、ドン・キホーテになれたのだ。
 上さんは「日本人はいつでも、どこでも日本人だ」と繰り返した。そんな信念を持った人だったので、ある時「日本に何回ぐらい帰ったんですか?」と尋ねたことがある。その時、少し恥ずかしそうに「一回も帰っていないんです」と答えたのを憶えている。
 私が不思議そうな表情を浮かべて、説明を待っていると、上さんの横にいた奥さんが「昔はお金儲けしないと帰れなかったんですよ」と仕方なさそうに合いの手を入れた。私は、ああ、なるほどと腑に落ちた。勝ち組的人物はすぐに相手に同情して商売を度外視するから儲けるのが下手だ。だが、それゆえにまったくお金儲けにつながらない返還運動にも情熱を傾けられた。
 サントス日本語学校の落成式が2008年6月に行われた際、こ臨席された皇太子殿下は、上さんに「ごくろうさまでした」と声をお掛けになられたという。
 彼の生涯において、これ以上ない報いがえられたことであろう。(つづく、深沢正雪記者)

image_print

こちらの記事もどうぞ

  • 新年あけましておめでとうございます2019年1月9日 新年あけましておめでとうございます  皆様、新年明けましておめでとうございます。  常日頃より、サンパウロ日伯援護協会(援協)に対し、多大なる、ご支援を賜り、篤く御礼申し上げます。  昨年7月には眞子内親王殿下のご臨席の下、日本ブラジル移民110周年記念式典が成功裡に開催されましたが、これを契機に日本 […]
  • コロニア10大ニュース=悲喜こもごもの1年振り返る=眞子さまご来伯、110周年祭典=日系候補大半落選、サ紙廃刊も2018年12月28日 コロニア10大ニュース=悲喜こもごもの1年振り返る=眞子さまご来伯、110周年祭典=日系候補大半落選、サ紙廃刊も  ブラジル日本移民110周年記念式典が行なわれた7月をピークに、記念行事が目白押しの1年となった。なかでもハイライトは、3月の皇太子殿下、7月の眞子内親王殿下のご来伯だ。サンパウロ州地方部まで足を伸ばされた眞子さまは、各地で感動の渦を巻き起こした。110周年実行委員会も短期決戦 […]
  • 独断と偏見で選んだ「110周年最大の遺産」2018年12月18日 独断と偏見で選んだ「110周年最大の遺産」  なんと早い1年だったか――予想はしていたが、まさに「アッという間」だった。5月にはトラックストという未曽有の大混乱があり、日本進出企業や日系地場企業も大打撃を受けた。それ以降、6月にサッカーW杯ロシア大会、7月に眞子さまをお迎えして日本移民110周年祭、8月から選挙運 […]
  • リベルダーデの名の由来と人骨発見の関係2018年12月11日 リベルダーデの名の由来と人骨発見の関係  先週、「リベルダーデ区の建設現場から帝政時代の奴隷の人骨が発見された」とグローボTV局をはじめ、伯字メディアが盛んに報じた。ガルボン・ブエノ街の建物を取り崩し、商業ビルを建築するために地下を掘っていたら7体の人骨が出てきたという。  リベルダーデ(自由)広場の名前の […]
  • 宮坂国人財団=イミグランテス環境公園開園=総工費1400万レ、社会に恩返し=自然保護教育で活用を2018年12月7日 宮坂国人財団=イミグランテス環境公園開園=総工費1400万レ、社会に恩返し=自然保護教育で活用を  構想から完成に至るまで10年――宮坂国人財団(西尾ロベルト義弘理事長)による初の独自事業『エコロジコ・イミグランテス公園』が、来年1月にいよいよ開園する。厳しい環境規制により認可取得に難航し、2013年から総工費約1400万レアル(約4億600万円)を投じて建設された […]