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自分史=私のシベリア抑留記=谷口 範之=(21)

 伐採は重労働である。もしかすると労働に耐えかねて衰弱死するかもしれない。このラーゲリにいても衰弱死は目に見えている。ならば伐採とラーゲリの生と死は五〇対五〇の半々である。半々ならば境遇を転換させて伐採を選択してみよう。そこで死んだとしても現在のラーゲリより、さらに奥地のシベリアを見れば天国への土産話になるだろう。そんな考えが閃いた。
 実際小窓一つだけの、暗くて外気と大差のない室内で、餓死を待つだけの惨めな日々から逃れた方が、余程勝っていると判断した。
 私は逡巡している戦友を横目に、真っ先に手を挙げて応募した。夕方までに二五名の伐採要員が編成された。班長は保坂伍長である。志願兵あがりの童顔である。年令を聞くと二三だといった。
 翌日午後遅く、小型トラックが迎えに来た。日暮れ近く着いたところは、白樺林を背後にした丸太小舎であった。室内は石油ランプが明るくともり、中央には鉄製平箱三層のペーチカが置かれて、勢いよく薪が燃えていた。シャツ一枚になってもまだ熱さを覚える室温だ。
 壁に沿って板製の二段ベッドが取りつけられている。外壁には粟、小さなジャガイモと拳大のキャベツの袋が積んであり、その横には薪も重ねてある。カンボーイ(監視兵)は二人だけである。
「腹一杯食っていい。足りなくなったら取り寄せる。塩だけは毎日受取りにきてくれ」
 多少ロシア語が解る保坂伍長が、カンボーイから伝えられた話を、本当なんだと話した。嘘ではないかと、顔を見合した。モルドイのラーゲリとは、比べようもない好待遇である。なんにせよ、粗食でも腹一杯食えることは嬉しかった。モルドイへ来て、二ヵ月の間、筆舌に尽しがたい悲惨な目に遭った。だから未知の場所で重労働と言われる伐採に従事すれば、どんな目に遭わされるかもしれないという大きな不安があった。
 来てみれば、モルドイとは天地の差があるではないか。その夜は久し振りに満腹し、暖い室内でぐっすり眠ることができた。
 朝目覚めると、食事当番が用意した朝食を食って外に出た。宿舎を囲む柵はなかった。目の前に大きな建物がある。保坂伍長がロシア人の樵が四〇人位住んでいると、情報を仕入れてきた。現金なもので、ぐっすり眠り、昨夜、今朝と満腹するまで食っているから、ゆったりした気持である。
 今日は伐採場所の下検分と、木を切り倒す方法などを教えるという。伐採地まで約一㎞だが、膝上まである積雪を歩くのは、並大抵なことではなかった。夕方、大斧、小斧、二人挽き鋸が届いた。翌朝夜明けと同時に起床。地獄の点呼はない。オーチン、ハラショ(大変よろしい)と、お互いに微笑を交した。
 二人挽きの鋸と大斧を各人の肩に、小斧は腰に差して伐採場に向かう。ノルマは二人で直系三〇㎝以上の白樺を倒し、三mの長さに切断して一定の場所に積む。選んだ木の周囲の雪を取り除き、大斧で受口を切る。そうして向き合った二人が鋸で追口を挽くのだが、生まれて初めての鋸引きだから、相手との呼吸が合わなくて能率はあがらなかった。初日は三本だけ。だがカンボーイは文句をつけなかった。未経験の作業で、クタクタに疲れたものの、一晩の安眠で翌朝はすっかり元気を取り戻していた。

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