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自分史=私のシベリア抑留記=(33)=谷口 範之

 金曜日の夕方になると、一〇人ぐらいの黒パン受領係が任意で募集され、丘のすぐ下のパン工場へ受領に行く。急坂を下って工場に着くと、一人当り一㎏パン五コを入れた叺(かます、袋の一種)を渡される。それを担いで暗い急坂を登るのはつらいということだった。
 この運搬中、暗闇を利用して黒パン一コを掴みだし、ふところに隠して持ち帰る役得があると噂が広まった。
 この噂につられて私も一度だけ志願した。ところが坂道を登るのが精一杯で、その上二つ折れにしてある叺からパンを掴み出すのは、腕が短い私には至難の技であった。とうとうパンに手が届かなくて、骨折り損のクタビレ儲けになった。
 叺などの品物はソ連には無い。満洲の開拓団を略奪した際、盗んできたものだろうが、ソ連という国の火事場泥棒根性には呆れてしまった。

  七、再び軽作業

   軽作業の一 
 私の謀殺に失敗した小之原は、再び懐柔策に方針を変えたらしい。午後、村の家庭へ使役に行くようにと指名してきた。衛兵所に顔を出すとカンボーイは待っていて、私をつれて坂道を下り村に入った。
 有力者の家らしく、ひときわ大きな丸太組の家である。主婦らしい年配の婦人は、私を眺め少し眉をひそめた。そして裏へ回るように指示した。裏庭に入ると、表の丸太組の造りではなく、モルタル塗りの勝手口が目の前にあった。その少し向うにいろんなガラクタが、乱雑にちらかっている。ガラクタを整理せよということらしい。言葉が通じないから、そう解釈して作業にかかった。
 鉄屑、煉瓦、針金、電線の切れっ端、バラバラになっている自転車などのほか、木切れ、河原石、ボロボロの鞄とトランクなど、種々雑多なものが、所狭しとちらかっていた。金属類を纏めて塀際に置くと、残りは僅かである。それらを一応品物別に整理して片隅に積み、その分だけ地肌が出た部分を、木切れでざっと撫でて終ったことにした。
 冬の日暮れは早い。薄暗くなりはじめた庭に腰をおろして休んでいると、さっきの婦人が出てきた。庭を見渡して
「オーチン、ハラショ」(とてもよろしい)
 と誉めて手招きした。裏口から台所を通り抜け、表の広間に入る。大きな薪用暖炉が目についたが、薪は燃えていなかった。家中が冷え冷えとし、燃料を節約しているようである。暖炉の上に二切れのパンが乾燥して置かれている。婦人が皿に盛った小さなジャガイモを私に差し出した。食べなさいと身振りで示した。食べ終った頃、この家の主人が帰って来た。毛皮の外套を着て、小脇に二㎏はあろうかと思われるパンを抱えていた。黙って私を見つめ奥へ入っていった。入れ違いにカンボーイが迎えに来た。

   軽作業の二
 前夜の雪が止んだ朝、ジープで迎えにきたのは、見るからに貴公子然とした青年であった。行き着いたところは、冬枯れの林の丘の中腹だった。
 彼は斧と黒パン一㎏を私に持たすと、道端にころがっている大木の切れ端を指差し、斧で割る仕草をしてみせた。うなずくと、ニコッと笑顔をみせ、エンジンをふかして帰った。排気ガスに混じるガソリンの匂いが積雪の上を流れ、淡い郷愁にさそわれた。

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