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自分史=私のシベリア抑留記=谷口 範之=(69)

 灯りの向こうの暗闇に故郷の山川があらわれて、よくぞ生きて帰ってきたと、語りかけてくるようであった。真冬の日本海上、灯りが見えなくなるまで佇ちつくしていた。吹きつける寒風を暖かく感じながらー。
 生涯を通じ、これほど強烈な感動を覚えたことはない。

  二五、遂に故国の大地を踏む

 感動の涙に心を洗われた翌日は、一九四七年一月一日である。
 帰還船から元旦の祝膳が振舞われた。小型のもち二個の雑煮には、かまぼこ二切れ、青ねぎが色どりも美しく、赤飯のほか二品が副えられていた。膳を手にして不覚にも涙がにじんだ。
 帰還船は晴天の日本海を一路日本へ向っている。船尾に立つと真っすぐに航跡を残しているのがみえた。航跡の遥か彼方、北の果てのシベリアでの強制労働と飢餓地獄と音さえ凍る酷寒が、悪夢のように思い出された。
 午後遅く船は長崎県の沖合いを航行していると、船員から聞く。甲板に佇ちつくし、海岸の濃緑の山々を眺めているだけで胸が熱くなり、様々な思いが溢れてきた。
 針尾灘を通過した船は大村湾に入り投錨した。翌日上陸の予定が検疫時チブスらしい患者がいるとかで、数日間上陸延期になった。
 一月九日、数隻の艀が横付けされ、上陸が始まる。この真冬、半裸の船頭が巧みに艪を操る。
 艀が波止場に着き、我先にと這い上がった。衰えて上がれない人たちを三人の白衣の看護婦が手を伸ばし、引き上げた。彼女たちの姿は美しい天女のようであった。
 波止場に上がり、大地をしっかり踏みしめて立った。松の葉の緑が朝日に映えて、心が吸いこまれるような美しさに輝いていた。まさに冬麗であった。初めて生きて帰ってきた実感が、心の底からこみあげてきた。
 ただただ感無量であった。広い屋内に導かれて、ガラス張りの箱に入る。途端、白い粉を頭からふきつけられ、全身真っ白になる。DDTというシラミ退治の薬だそうな。
 海兵団の兵舎に入る。うどん混じりの握り飯二個が配られた。進駐軍に呼ばれシベリア鉄道沿線で、飛行場を見かけなかったかなど聞かれた。
 復員手続きを終え係員に広島市に落とされた新型爆弾について訊ねた。上陸後、広島市は全滅したと聞いたからである。係員は眉をくもらして説明してくれた。
「原子爆弾というんですよ。長崎市にも同じ爆弾が投下されてね、とても悲惨なことでした。兎に角、ここの郵便局からご両親宛に電報を打ってごらん。復員軍人は返信料付きを無料で受け付けています」
 電報を打ちに行き、ここが南風崎海兵団の兵舎跡であることを、初めて知った。

  二六、故郷へ

 父母宛に打った電報の返信を待っているうちに、一月一五日になった。父母は原子爆弾の犠牲になったのではないかと気懸かりでならないが、返信は来なかった。
 午後、全国周遊券、現金二〇〇円を帰宅までの費用として受け取る。入営前の給料は五〇円であったから、政府のご厚意を有難く頂戴した。当時凄いインフレの最中であることを知らなかったから、戦友たちと喜び会ったことだった。

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