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南青協総会=ピラルクー料理に舌鼓み=神代組2人参加、旧交温め

旧友が集まって楽しい一日を過ごした

旧友が集まって楽しい一日を過ごした

 南米産業開発青年隊協会(南青協、渡邉進会長)の「2019年度定期総会・新年会」が19日午前11時、サンパウロ市の山形県人会館で開催され、夫人同伴で約30人が参加した。
 会場の上座には創立者の長澤亮太氏の遺影が置かれ、鈴木源治さんの司会で、先だった数々の同志に1分間の黙祷を捧げた後、渡辺会長が開会を宣言した。議長には鈴木さん、書記には志方(しかた)進さんが選ばれた。
 昨年の事業報告、決算報告が行われて承認され、歳入2万4068レアル、歳出2万802レアルで3266レアルの赤字。ほぼこの赤字分をポルトガル在住の10期・岡井吉重さんが最近送金してくれた旨の報告も。今年度の事業計画も発表され、会費は年200レアルの現状維持と決まった。

全員で青年隊歌を合唱

全員で青年隊歌を合唱

ピラルクーの刺身

ピラルクーの刺身

 全員で青年隊隊歌を斉唱、閉会の辞となり、新年会に。7期の菊地義治さんが乾杯の音頭をとり、珍味の古代魚ピラルクーの刺身やセビッチェなどの料理を楽しみながら、昔話や近況の交換の話に花を咲かせ、旧交を温めた。
 1956年に来伯した〝神代組〟の第1次隊・佐々木興(おこし)さん(81、富山県)は「最初は川で体を洗う生活。ドラム缶風呂なんて〝高級なもの〟なかったよ」と来伯当初を懐かしそうに思い出す。58年の1期からが本隊となるので、それ以前は〝神代組〟と呼ばれる。
 隣に座っていた翌57年の同じく〝神代組〟第2次隊・三沢貞夫さん(84、長野県)も「ああ、僕らの代の時にドラム缶風呂を作ったんだ」と笑う。「第2次隊は10人来て、2人しか残っていない。一人が日本に帰り、二人消息不明、残りは全員亡くなったよ」と寂しそうに語った。

神代組の二人、左から佐々木さん、三沢さん

神代組の二人、左から佐々木さん、三沢さん

 7期の伊藤和夫さん(80、北海道)=サンミゲル・アルカンジョ在住=は「久しぶりに皆に会えてよかった。顔見てお互いに年とったなと笑ったよ」と笑顔を浮かべた。
 1956年の1次隊から数えて63年が経った。渡邉会長は「2年後の65周年に向けて何か考えなければ」と握りこぶりを作った。


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 南青協の三沢貞夫さんは、「建設中だったウムアラーマの訓練所へ飛行機で向かう直前、東洋街のシネニテロイ二階の食堂で下元健吉(コチア産組創立者)に偶然であって、『飛行機で現地入りするのは、お前らが移民史始まって以来だ』と言われたよ」と目を細めた。普段、あまり目立たない南青協だが、実は多士済々だ。インディオと共同生活した山木源吉さん、110周年実行委員長の菊地さんを始め、ブラジル被爆者平和協会副会長の盆小原国彦さん、イタイプーダム建設に関わった〝8人のサムライ〟荒木昭次郎さんや杉江勉さんなど。アルモニア学生寮で長年館長を務めた渡辺次雄さんもそう。66歳の若さで03年に亡くなった彼こそが、先行きが見えなかった日系学生寮を優秀校コレジオ・アルモニアに変えた張本人。その隠れた功績はもっと顕彰されてもいいのでは。
    ◎
 昨年11月24日に静岡県富士宮市の富士教育訓練センターで開催された日本側の青年隊65周年式典に渡邉会長が出席した件も総会では報告された。かつて青年隊自らが建設した建物は取り壊され、2015年から新校舎・宿舎が立て直された。「日本全国から建設技術を学びに泊まり込みで研修している。今では外国人もここで研修している」とのこと。かつてブラジルに日本人を送りだした場所が、今では日本国内で外国人も研修する施設に。世の中同様、すっかり様変わりしたようだ。

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