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臣民――正輝、バンザイ――保久原淳次ジョージ・原作 中田みちよ・古川恵子共訳=(50)

 糸巻きにする木は、ねじりに強い木でなくてはならず、そのような特殊な木は容易にみつからない。沖縄人はブラジルにある木で最もその性質のあるのはコショウボクだと気付いた。正輝がブラジルではじめて目にした三線にはこの駒が使われていた。出っ張りにヤスリがかけられた四角い底辺のピラミッド形で、胴体にはめこまれるところだけが丸くされていた。本来コショウボクは赤味がかっていたが、しょっちゅう使われるため茶色に変っていた。
 三線を弾くのは、正輝が住んでいた地区の具志頭(グシチャン)からきた男だった。花城の人で、正輝が毎日学校にいくとき、家の脇の高台から眺めていた村だった。名前は叔父と同じ樽で、名字は安里といった。正輝より4、5歳年上で、14歳になったばかりの少年正輝とはだいぶ年に差がある。
 こんな外地で同郷の人間にあったことで、国に帰りたい、沖縄で過ごした平穏な生活に戻りたいという気持ちが再びわいてきた。安里は正輝の父忠道が夜、考えこむ、いや、考えこむというより、沈みこんだときに弾いた曲をよく弾いた。祝日の、さんざん酒を飲み、みんなが気をほぐすとき、アサトは失ったときを嘆くように長くてゆっくりした沖縄の歌「ウチナーウタ」を奏でた。それを聞くと、正輝は自分の人生を置き忘れてしまった気になり、なつかしさに耐え切れなくなる。
 その夜、彼はピンガの味を知った。それは臭いのきつい、まったく飲みにくい酒だった。口や喉がヒリヒリした。胃の弱い者や味にうるさい者には勧められるものではなかったが、正輝の場合はそのうまさを知ってしまったのだ。たしかに、ひと口目の味は悪かった。飲みこんだ酒を全部吐いてしまいたいと思った。
 しかし、がまんした。いつも愚痴るとき、樽叔父から聞かされる「おまえは男じゃないか」ということばを自分にいい聞かせた。次に、ほんの少し、ゆっくり飲んだ。さんざんピンガを飲まないようにと注意されていたのにもかかわらず、飲んでみると、軽く、明るく、くつろいだ気分に満たされた。つい最近までつらい仕事に悩んでいたのが、うそのように感じられた。
 こうして、サン・マルチニョ耕地に着いた日、忘れもしない新垣さんに沖縄の焼酎「泡盛」のようだと勧められて以来、いつも家においてピンガを飲んでいる樽叔父といっしょに飲むようになったのだ。
 ふる里への郷愁とピンガに勇気づけられ、三線をはじめることにした。弾き方の基礎は知っていた。父親から教えられていたからだ。
 弦をつめで弾いた。弦はそれだけ太く、強かった。はさみでは切れず、山刀で切った。弾くのにもう一つ方法があった。三線のひげ(舌)と指ぬきをあわせたようなものだ。指ぬきは大人の人差し指が指先から三分の一ほどかぶさり、その先は円錐形で、伸びた爪のようになっていてチミとよばれる。これで三線の弦を引くと、爪よりさらに強く、より冴えた音がでた。そして音が強くなるばかりか、チミと弦が摩擦する音が聞こえた。しかし、正輝はこれまでどおり、つめを使った。歌も歌った。そんな晩はかなしみが少しやわらぐのだった。
 そんなあるとき、これまででいちばん悲しいニュースが届いた。現住所は変わっていたのだが、最近、沖縄からきた移民が、正輝たちが1920年から21年にかけて働いた耕地に入植しており、日本の親類たちは彼の居場所を探しあて、家族の消息を知らせてくれたのだ。そこで、何ヵ月か前に、父忠道が死亡したことも知らされたのだ。

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