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臣民――正輝、バンザイ――保久原淳次ジョージ・原作 中田みちよ・古川恵子共訳=(57)

 正輝はたまに近所のヨーロッパ系移民の家によばれると、日本人移民のあまりにも質素で、文化度の低い家を思い、やりきれなかった。家の外観はほとんど同じだ。天井はたいていむき出しの屋根瓦、土間の床、レンガの壁の家だった。
 しかし、ガイジン(当時、日系以外の者に対して使われた言葉)の家の応接間のテーブルはきちんとしていた。粗末だがテーブルクロスがかけられ、真んなかには素焼きの水ガメが置かれて、だれがいつ訪れてもいいようになっていた。家具も多く、住民が一日の疲れをいやすことができる。いつもベッドにカバーがかけられていたし、家庭用品もきちんと整理整頓されていた。農機具は家庭用品とは別の場所にしまわれていた。
 日本人とブラジル人やヨーロッパ移民のとの大きな壁は言葉だった。正輝のような若者でさえ、ポルトガル語をきちんと覚えようとはしなかった。というより、学ぶ場所もなかった。学校があっても通う時間がなかった。仕事に精をだすとはいえない正輝でさえ、稲嶺の家族といっしょに一日中畑仕事をし、くたくたに疲れて家に帰ると、ブラジルで生きていくにはポルトガル語を覚えなければと考えながら、これで充分でないかと思ってもいた。
 もっとも、正輝はよく使われるポルトガル語の単語をまるで日本語か沖縄語のようにたくみに使った。こちらに来てから「寝台」という日本語を一度も使わなかった。移民収容所でおぼえた「カーマ」をずっと使いつづけた。また、「鍬」という日本語がありながら、「エンシャーダ」といった。鍬をとりにいくとき、「鍬をとりにいく」といわず「エンシャーダをとりにいく」といった。日本には「馬車」という言葉があるが、ここのラバに引かせる「カロッサ」とは多少違うが、日本式の「カローサ」と発音した。
 また、おもしろいことに「台所」を「コジニァ」とよぶ他の移民の影響を受けて正輝は「コジン’ヤ」といった。ふだん使いつけている単語を正輝の変な発音できかされたとき、ブラジル人やヨーロッパ系の移民は大笑いした。「コジン’ヤとは何のことだ?」ときく者もいた。正輝は言語的に正しい発音として使ったので、質問の意味が分からなかった。けれど台所を指差して「コジン’ヤ」といったので相手は「ああ、コジニァか」と納得した。
 同じように正輝や他の日本人移民がおもしろい方法で使った言葉に、当時のブラジル貨幣単位の「ミル・レイス」がある。「ミル・レイス」と全部発音するのは難しいので、「ミル」に短縮した。だから「cem mil-reis」は「100ミル」となった。移民たち仲間ではこの言い方で充分通用した。あまりにも簡単に分りすぎ、ブラジル貨幣の正式単位だということが頭にないのだが、いずれも時間とともに分ってくれるようになった。
 言葉の問題は、他の国からきた移民にもあった。日本人ほどではなかったが、笑いの対象になったこともある。隣に住むスイスからきた移民のマラクジャー(パッションフルーツ)についてのことだ。マラクジャーは正輝がタバチンガにきてから初めてみた果物だ。ドイツ語ではJがYの発音になり、最後のjaのアクセントがu にうつる。けっきょく「マラクーヤ」となり、笑いをさそうのだ。

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