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臣民――正輝、バンザイ――保久原淳次ジョージ・原作 中田みちよ・古川恵子共訳=(87)

 マサユキは責任、義務について少しはわかる年になっていた。まだ幼いので時間はかかったが、母の教えを少しずつ身につけていった。それは房子には心丈夫なことだった。その考えが理解できれば、弟たちの手本になれるだろう。それはどこの日本人家庭でも同じだ。長男は下の兄弟たちの手本になるものなのだ。
 外国人はそうした日本人家庭の価値観は理解できないだろう。しかし、それは子どもの頭に自然に育まれていくものだ。日本人にとってこうした価値観はごく当たり前の思考なのだ。両親は成長した息子たちに子どものときからそう教え、大人になった息子たちは今度は自分の子どもたちに同じ価値観を教えこむ。それが何世代も伝わっていく。
 その価値観のなかでも沖縄の者にとって最も大切なのは、ご先祖を崇めるという宗教的な習慣だった。先祖さまは家を守り、相談を受ければ、この世の者に解決法や助言を与えてくれるものなのだ。
 子の親にたいする敬愛は生きているものが祖先を崇拝することであり、これが先祖を敬うことにつながった。房子と正輝は「親孝行」という観念とその大切さを息子たちに伝えようと努力した。
 子どもは生涯、親に対する義務をもつということだ。この観念ではすべての日本人の父親は息子をもたねばならないことになる。なぜなら、父親の死後、位牌の前で彼を偲んで拝んでくれる者が必要なのだ。「親孝行」には親と子が互いに尽くしあう意味が含まれている。母親は子のために犠牲を惜しまない。
 まず、母は子を産み、食べさせ、場合によっては物質的、経済的負担を担い、家庭教育をほどこし、常識を身につけさせる。
 もうひとつ、正輝と房子がマサユキとそのつぎの息子二人に伝えたい価値観があったが、思うようには伝わらなかった。しかるべきときには「人に親切にする義務があり、そのかわりそれを受けた者はきちんとそれを返す義務がある」ということだった。 
息子たちは半分日本人、半分ブラジル人なので、これは大人になっても完全に受け入れ、身につけるのはむずかしいことだった。しかし、両親はその精神をできる限り努力して伝えなければならない。受けた恩を返すという考えは日本人には欠かせない精神だからだ。
 恩を与えることは必ずしも美徳という意味にはならない。ときには義理でそうすることもあったからだ。恩を返すことも義務だったが、自らすすんで恩を返すのではなく、意に反してそうせざるをない得ない場合が多いのも、また事実である。
 受けた者は必要だったから恩を受け、そのことにより、自分は落伍者だと認めざるを得ない。それでも日本人は受けた恩に報いることに務めた。そうすることが意に反していてもそうしなければ、もの知らずとみなされる。日本人にとりそれは恥であり、責任を果たさないことは名誉を汚すことになる。家族の名を汚すことは日本人にとって最も大きい恥なのだ。
 責任を果たす義務はどんなことにも及んだ。小額の借金にも、家庭内の日常生活にも、親戚との付き合いにも、国家にも。正輝の考えでは、それは天皇にまでも及ぶ。機会あるごとに息子たちにそのことを伝えた。時が経つにつれて、マサユキとアキミツにも受けた恩恵に対して果たさなければならない義務についての観念が根付いていった。
 また、日本人家庭には長男を特別あつかいする習慣があった。正輝の場合、長男のマサユキがアキミツやヨーチャン、そして、その後に生まれるであろう子どもたちに習慣をしっかり伝えねばならないのだ。いちばん上の息子として家督を継ぐばかりでなく、長男は父親と特権を分かち合える。だから、弟たちに命令したり、必要と思えば、態度、敬意、役目について指示を与えたり、彼らの意見が適当か、そうでないかに判断を下したりすることができるのだ。

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