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「沖縄は優秀な人材失った」=山城千秋教授の青年隊講演=対立融和進めた役割を強調

講演する山城千秋教授

講演する山城千秋教授

 対立しがちな戦前一世と二世の間に入って沖縄系社会の融和を進めた青年隊――ブラジル沖縄移民研究塾(宮城あきら代表)が主催する第1回文化講演会「沖縄産業開発青年隊が果たした歴史的役割」(山城千秋熊本大学教授)が、4月28日午後2時から県人会本部会議室で開催され、約70人が集まり、熱心に話を聞いた。

 この講演会は、同移民塾が今年10月に第5巻を発刊するのを記念して開催された。塾運営委員の高安宏治さんが司会する中、塾代表の宮城あきらさんが挨拶し、「二世、三世の皆さんから郡星を読んだ意見や原稿が次々に寄せられ、それを読んで日々感動している。ウチナー文化を広める動きが高まっていることをひしひし感じる。新しい時代が到来した」とのべた。
 続いて同青年隊相談役の山城勇さんが「青年隊は大した働きをしていないのに、こんな会を催してもらいとても有難い」と謙遜。青年隊は1957年4月の第1次から64年の第14次までに約300人が渡った。「島に縮み込んでいた我々を、ブラジルに引っ張り出してくれた県人会(受け入れ機関)に恩返ししなければと思っていた」。
 隊員の渡伯後を調査すべく1970年から8カ月かけて1万キロを踏査し、71年に母県の知事、議会、青年隊本部、県庁、留守家族会はじめ各地で報告会を開いて喜ばれたという。その内容は当時発行されていた会報『協和』に発表した。
 沖縄系社会は70年代から戦前一世と二世の対立構図が深まり、県人会とジアデマの文化センターに分裂する事態となっていた。だが、その発表を読んだ両団体から青年隊を取り込む動きがあり、それに応じてバレー、野球、卓球などのスポーツ大会を開催し、徐々に統合に向けての雰囲気醸成をして30年がかりで統合を果たしてきた流れを、山城さんは説明し「それが恩返しの一つになった」と締めくくった。
 ドキュメンタリー映画『沖縄移民青年隊物語』(製作・嶺井由規)が上映された後、山城教授がマイクを握った。
 青年隊員は渡伯後に受け入れ先の先輩農家で2年間の契約労働をした後独立し、多くは子供の教育を考えて都会に移り、フェイランテなどの商業を始めた。同時に青年運動を展開し、スポーツ大会を通して同年代の二世と仲良くなり、二世妻をめとる人も多かった。
 その結果、「300人もの大勢の若者が、考え方や感性の違いから対立しがちな戦前一世と二世の間に入って融和・統合を進める役割を果たし、さらに沖縄文化継承を可能にした」という。本紙取材に「当時の地域の青年団のリーダー級人材の多くを青年隊として送り出した。その分、沖縄は優秀な人材を失ってしまった」と語った。
 来場していた、中央試験場の講習生として2次隊で渡伯した喜納清忠さん(きなせいちゅう、83、八重瀬町)に感想を聞くと「いい話が聞けた」と喜び、「青年隊がなければ単独青年がブラジルに来ることは叶わなかった。瑞慶覧(ずけらん)長仁さん(初代理事長)が努力して創設してくれて本当にありがたい」としみじみ語った。


□関連コラム□大耳小耳

 第1回文化講演会で宮城あきら塾代表は、「(郡星を)読んで、(ドキュメンタリー映画を)見て、(講演を)聞いて沖縄の精神文化を学び、“耳薬・肝薬”(みみぐすいちむぐすい、人の言葉を聞いて心の糧にすること)の大事さを分かち合いましょう」と挨拶を結んだ。山城千秋教授は、沖縄や奄美の青年団が発行していた機関誌の重要性を訴え、提供を呼び掛けていたが、沖縄移民研究塾が発行する『群星』も、まさにそのような存在。日伯両語で書かれ、沖縄文化や移民史をポ語で伝える貴重な冊子となっている。10月に刊行予定の第5巻が今から楽しみ?!

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