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臣民――正輝、バンザイ――保久原淳次ジョージ・原作 中田みちよ・古川恵子共訳=(141)

 勝ち組の活動の拡大をしって、サンパウロ州の300人ちかい認識派のグループがコチア産業組合の本部に集まった。そして、天皇の詔勅のコピーを同胞に配るため奥地に行くことを決議した。日本の終戦状況を伝え、日本の勝利という誤った情報がこれ以上広がるのを阻止するのが目的だった。だが、時すでに遅く、奥地は予想以上に勝ち組の手中におさめられていた。認識派のメンバーは自分たちの身の危険さえ感じた。
 認識派に対し臣道聯盟は激しい反撃を展開した。日本人を説得するメッセージの署名者のひとり宮腰千葉太が「日本軍は陸軍も海軍も大和魂だけを護持しようと科学の進歩から目をそらせて」と書いたことに対し、臣道聯盟はふたつの見解を発表した。
「彼らは国賊である。国が敗戦したことを言いふらすばかりか帝国の軍力を侮辱し、社会組織を批判し、わが国の輝かしい歴史を汚した」
 また、認識派の天皇の敗戦詔勅について臣道聯盟は次のように批判した。
「ブラジル日系社会で上層部に属する彼らは、自分たちに都合いいように正当性にかけた無条件降伏の詔書をまるで正当で本物であるかのように日本語に訳した。敗戦について何万というパンフレットを同胞たちに配布し、敗戦が真実だと強制的に信じさせようとしている」
 はじめ、正輝と仲間たちは国賊とみなされるごく一部の人たちのすることに苛立ちを覚えた。もっとも、しばらくして、日系社会のほとんどの人間がこのグループに反感をもっていることがわかり、負け組みの奇妙な動きを面白がった。みんなを納得させるという認識派の行動は裏目に出て、かえって、勝ち組その他の者の怒りを買ってしまったのだ。臣道聯盟の動きを抑えるどころか、ますます発展させる結果となった。

 臣道聯盟の会員や支持者が気づかないうちに、会の基本方針は以前とはことなった方向に歩みはじめた。同胞を日本が勝利したと納得させるのが目的だった会は、許しがたい認識派を抹殺するためのグループに変わっていったのだ。太平洋戦争終局まで退役少佐吉川は獄中にあり、形式的な会長に過ぎなかった。そのため、根来良太郎技師、山内清雄予備兵士、それに組織力のすぐれた渡真利成一が実務的仕事を担っていた。吉川は組織について、間接にしか知ることができなかった。山内は二人から無視されていると感じ、9月に脱会した。
 そのため権力は根来と渡真利に集中され、同時に会は目覚しい発展をとげた。臣道聯盟は認識派に対し、急速にそして抜本的に変化した組織となり、日本の敗戦を認めるリーダーたちを排斥するという、いままでと違った方針を掲げるようになったのだ。吉川が実際に会の運営に当るようになったときには、すでに、この方針は決まっていた。これが日系社会のあいだに、血にそまる暴力事件を生じさせるきっかけとなったのだ。
 しかし、ほとんどの移民たちはそのようなことが起ころうとは夢にも思っていなかった。日本の勝利を信じる正輝と仲間たちは、喜びあふれて1946年の正月を迎えた。ブラジルに住む日本人は新年の挨拶をかわしたあと、天皇の写真を拝謁する。正輝は日本の勝利について何の疑いもなく祝ったが、彼にはもうひとつ祝う理由があった。

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