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年金改革通過、景気振興策の矢先=ルーラ出所で衝撃の政界や経済界=サンパウロ市在住  駒形 秀雄

ルーラ出所時、恋人ロザンジェラ・シルバさん(右、通称JANJA)と共に(Ricardo Stuckert)

 11月8日(金)、汚職容疑でクリチバ連邦警察署の独房に拘留されていたルーラ元大統領が釈放されました。
 ルーラは「貧しい東北地方の出身で、恵まれない一般庶民の気持ちが良くわかる」「2018年、反対勢力に謀られて(?)刑務所に押し込まれてしまったが、それまでは虐げられてきた庶民の生活を良くする政策をとって来た人だ。本当の我々の代表はルーラだ」――こう信じている低学歴、低所得階層の支持者が沢山いるのです。
 一方、現在のボウソナロ政権は、「汚職にまみれた様な旧型政治家を排除し、ブラジルに政府主導の下に政治・行政改革を実施し、自由主義経済で国民の生活を向上させよう」と今年1月、発足したばかりです。
 そして歴代内閣がやろうとして実現出来なかった社会保障(年金)改革法を成立させ、その勢いを駆って種々の政治経済改革策を発表した矢先に、この反対派の巨頭ルーラらの刑務所出所の事態に直面することになったのです。
 私達、ブラジル在住者はこのような最高裁の新判断、あるいは政治的対立に直接の影響を受けることになります。『俺には縁のないブラジリアの話だろ』などと言わず、おおよそだけでも、事態の正しい理解を試みてみましょう。

▼まかり出ました! ルーラさん〔LULA LIVRE〕

 元大統領、ルーラは片手の指だけでは数え切れないほどの不正の罪で裁判にかけられています。今まで580日もクリチバ連邦警察署に拘留されていたのは、その罪状の一つ、グァルジャの高級(3層)マンションを建設業者から賄賂として貰ったという罪です。
 この件は一審(クリチバ)、二審(ポルト・アレグレ)で共に有罪と裁定されたので、クリチバで服役していたのです。
 ところが先週、最高裁判所で「二審で有罪とされただけでは服役することはない」と言う裁定が下され、注目のルーラの出所(LULA LIVRE)になったのです。
 ルーラ一人の出所だけでも大衝撃ですが、ルーラ(PT)と一団となって不正を行ったような汚職仲間のジルセウ、不正裏金の金庫番とみられるザカリ、元ミナス州知事などの大物が、続々とムショを後にすることになるのです。
 『二審有罪での服役者』の数は5千人弱いるそうですから、これらの犯罪者が『服役無し、出所』の手続きをしたら、それだけでも大変なことになります。裁判所がそれだけでも大騒ぎになること、素人にでも分かりますね。

▼働いています! 裁判所

 LAVA JATOの騒ぎも一段落した今頃になって、何でこんなことが起こったのか? 疑問に思われる方に概要をお話します。
《A》「第2審裁判所(高等裁判所)で有罪判決を受けた者は刑務所に入れてよい」という解釈と、《B》「いや、2審判決に不服として上訴した場合、上級裁判所での有罪が確定するまでは『推定無罪』であり、身柄拘束〔刑務所収容〕をしてはいけない」と言う二つの異なった見解があります。
 この点については、2016年10月に最高裁での審議では、「《A》解釈で良い」と決められ、それに基づき多くの汚職関係者が刑務所入りとなったのです。
 ところがその後、弁護士など法曹界から「《A》の適用では憲法の規定に反する。《B》の解釈が正しいことを最高裁で正式に決定してくれ」との請求が出たのです。
 これを受けた最高裁は再び審議入りをし、10人いる判事は黒い上っ張りなどを羽織り、威厳に満ちた態度で長々と意見を述べました。
 しかも10人もの判事が《A》だ《B》だと主張し、その結果が「3X3」とか、「4x3」とか、最後までどちらに決まるか分かりません。日本の裁判所は内部で写真を許可しないし、裁定結果が完全に決まってから発表します。
 そんな日本の裁判を承知の八さんが言いました。『何だこりゃ! 各自が勝手なことを言って。これじゃまるで裁判劇ショーだ。日頃決定が遅いと批判される判事が働いているところを国民に見せたいのかな』と。
 それはさて置き、気を揉ませながら最後は《A》5対《B》5のEMPATE(同点)になりました。
 そこで最後に登場したトフォリ長官が《B》解釈を支持し、「最後の上級裁判所で判決が確定する前に被告は服役することはない」となりました。
 念の為申しますが、これは「この時点で服役するかどうか」という問題です。最終的には有罪判決になる可能性があり、別に無罪という訳ではありません。
 ルーラ氏の場合も上訴の最終判決が出たら、それで再び服役することになります。また、起訴されている別件は本人がどこに居るかに関わりなく進行し、ルーラのアチバイアの別荘受領の件は今月中に判決が出ることになっています。
 さて、最高裁裁定を受けたルーラ側の反応は早かったです。裁定が出た翌日8日(金)の午後5時過ぎには、ルーラはクリチバ連邦警察署の正門から、堂々とその姿を現しました。待ち受けていた支持者たちから熱烈歓迎を受け、出所の演説をしました。
 待ち受けていた人たちの中に、彼のナモラーダ(恋人)の姿もありました。
「え、早いな! 何時どうやって」と気にする貴方に、熱々のお二人は「年内に結婚される予定だ」とのことです。

▼ここ掘れ!ワンワン

海底油田の海上基地(Foto: Jose Caldas/Banco de Imagens Petrobras)

 ここでルーラからボロクソに言われているボウソナロ政権の働き振りを見てみましょう。
 何とかこの国の経済を活性化させよう、景気を上向かせて若者に希望を与えようと、政府も色々の政策を打ち出しています。
 11月のはじめ、政府のANP(石油管轄庁)ではリオ、サントス沖、海底油田開発の入札を実施しました。入札にかけられたのはリオ沖のカンポス油田の4鉱区です。売出し発表時には、これらは現実に原油を生産している有望油田で「1千億レアル以上」になるとのことでした。
 しかし6日の開札では国際メジャーなどの外国企業の応札はなし…。格好をつけるためかペトロブラス(うち中国企業が5%参加)が2鉱区のみに応札、落札しました。
 つまりブラジル政府が売出し、ブラジル政府企業が買ったわけです。
 しかも金額は最低額の700億レアル弱に終わりました。何のことはない、同じ人間の右手から左手に売り買いがなされたような結果でした。
 実は油田が売れたら、州には30%、市(郡)には15%の特別配分をしようと言う約束まで出来ていたのですから、とんだ狸の皮算用、当て外れの結果になりました。
 しかし、考えて見れば、海底にある原油は無くなる訳ではありません。次回はもっと良く世界原油市場などを研究して、成果の上がるような入札を行えばよいのです。
 『ここ掘れワンワン』じゃないが、海底を掘れば大判小判がザックザクと出てくるような国土を持ったブラジルは恵まれた国だとも言えます。
 入札前の宣伝文句「ブラジル海底油田の石油埋蔵量は莫大なものだ。後5年もすればブラジルは世界5大石油生産国の一つになる」という話も満更嘘ではない、という気持ちにもさせられます。
 神の恵みに満ちた国、ブラジルに住む人々は幸せです。

▼動き始めた経済政策

 ボウソナロ政権のパウロ・ゲデス経済大臣はこの国の経済を刺激して景気を良くしようと種々の対応策を取っています。以下にその幾つかを取り上げて見ましょう。

▼金利を下げて景気を上げる

5・0%にまで下がったSelic(基本金利、ブラジル中央銀行サイトより)

 中央銀行の通貨審議会では10月末、政策金利(SELIC)の5・5%から5・0%に引き下げました。この間まで二桁台だったのですから、随分と下がったものです。
 政府の狙いはお金を銀行などに寝かせて置くのでなく、企業は設備などに投資する。個人は買い物や旅行などに消費してしまう。銀行に預けておいても幾らも金利はつかないのだから、とに角使って、次の人に回せということなのです。
 これは『無駄使いは止めてお金は貯金をしなさい』ということを言われて育って来た日系人としては困ったことになったのです。ですが、これ、低金利が世界の趨勢なのですから、仕方がない。それに順応して動くしかありません。
 SELICは今年中にも更に下げて4・5%になる。2020年には3・75%、2022年には3・50%にするのが目標だそうですから、お金を沢山持って金利で悠々暮らしてこられた同胞の皆さん、資金運用にご用心、ご用心です。

▼社会保障(年金)改革

 社会保障方式の改革は歴代政権の頭の痛い懸案でしたが、今まで解決出来ませんでした。年金受給者=国民にとっては条件が悪くなる改革なので、選挙が怖い政府としても手がでなかったのです。
 これを大きな与党を持たないボウソナロ政権が議案を提出し、曲がりなりにもその基幹部分を成立させたのですから、これは画期的なこと。国の財政赤字解消、信用回復に大きく貢献できる成果でした。
 それだけでは有りません。年金改革ではその反対勢力を抑えるため、改革の適用を連邦機関だけに止めていたのですが、いつの間にかこれを州や市(郡)の年金制度にも適用しようという案が上院で可決されていたのです。
 この適用法案はこれから下院の2/3の賛成、議決も必要なので、何とも言えませんが、これが成立出来れば、パーフェクト、現政権の大成果になります。

▼行政・税制改革も

 ボウソナロ政権の諸改革提案はそれだけではありません。誰もが必要だと認めている、複雑すぎる税金の制度を近代的なスッキリとしたものにする案や、行政改革の案も発表したのです。
 行政改革では給料が高く、人が多くなり過ぎた公務員の無闇な拡大に歯止めを掛け様とか、人口5千人未満で自己税収がその費用の10%に満たない市を閉鎖して、隣町に合併させる案など意欲的な案も見受けられます。
 ただし、これは未だ政府提案の段階で、実際に議会の審議にかければひと揉めすること必定の考えです。紙面の都合もありますので、それらはまた、その話が議題に上がってから検討することでお許し願います。

▼どうなる左右対立と混乱

 今回最高裁判所が「最終裁判で判決が出るまでは被告人を刑務所に留めてはいけない」と言う判断を示したことで、ルーラに代表されるような多くの汚職関係者が市民社会に戻って来ることになりそうです。
 多くの国民は「折角ラバ・ジャットで不正を暴き、犯罪者を塀のなかに隔離していたのに」「新しい政治家で発足したボウソナロ政権がやっと諸改革に手を付け始めたところなのに」と失望と怒りをおぼています。
 先週にはサンパウロ、リオなど大都市を中心に汚職犯罪人開放策反対の市民デモが催されました。議会などでもこの最高裁の決定の元になった法規制を改めようとの動きも出て来ました。
 でも、最高裁の偉い人たちが叡智をしぼって決めたことが、そう短い期間でくつがえるとは考え難いところです。大物服役でなりを潜めていたPT、共産党などの左翼勢力が勢いを盛り返すおそれがあります。
 ルーラは出所してから早速ボウソナロ政権をボロクソに攻撃し、また、汚職政治家逮捕の口火を切ったモーロ前判事、現法相を「犯罪をでっち上げ、前政権打倒の陰謀を先導した」などと非難しています。随分手厳しい対応です。
 そしてこの反対勢力を強めるために、「ブラジル全土を遊説、行脚して廻る」と発表しています。説得力のあるルーラにアジられて、各地で反政府デモが起きたら、またメトロ、バスを始め労働者のストライキが頻発したら、折角経済を良くしようとしている動きはどうなるのか?
 こうして右と左と、考え方の全く違う勢力が激突したらこの国、社会はどうなるのか?
 安寧な生活を願う善良な国民の心労は止まりません。
 「SANTO E BRASILEIRO」(神様はブラジル人)なのだそうです。ここは一つ、サントのご加護を願いましょうか?
(ご意見などはこちらへ=▽ hhkomagata@gmail.com

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