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臣民――正輝、バンザイ――保久原淳次ジョージ・原作 中田みちよ・古川恵子共訳=(190)

 家でポルトガル語を話すということは、長年、上の息子二人のために家まで日本語を教えに来てくれた臣道聯盟の仲間、高橋先生を断らなくてはならない。旧友にそれを知らせるのが辛かった。言い出すには断るための口実を作らなくてはならない。
 だが、正輝は本心からそれを望んでいたのだろうか? ポルトガル語が話せなかったら、ブラジルで成功することはできないということはよく分っていた。しかし、成功するということは小金を貯めて、故郷に錦を飾ると言うことなのだろうか? 自分はそのためにブラジルに来たのではないのか? 子どもにポルトガル語で話させ、自分も現地の言葉を学ぶ。それは祖国を見捨てることではないか? たしかに敗戦は生まれ故郷に帰るのに支障となった。だが、子どもにポルトガル語だけ使わせることは、帰国の夢を断ち切るということではないか?日本語を話さない子どもを連れて行くことができるはずがない。
 ふだんは決断や方針に迷わない人間だが、今度だけは強い決意が求められた。
 家でポルトガル語だけを使うのはただ、習慣を変えることではすまされない。
 それまで抱いていた夢を捨て、ブラジルに永住することを覚悟することなのだ。
 移民としての敗北、それは祖国の敗北を受け入れるとおなじような辛さだった。

 まったく矛盾しているように見えるが、正輝の愛国心に変わりはなかった。子どもたちとポルトガル語で会話しながら、彼らに昔の軍歌を教えた。ジャカランダのテーブルの周りにみんなを集め、「愛国行進曲」を合唱した。
 マサユキ、アキミツ、ネナ、セ-キ、まだ5歳になったばかりのツーコも父といっしょに歌った。
「見よ東海の空明けて
 旭日高く輝けば
 天地の正気溌剌と
 希望は燃える大八州
 お々清朗の朝雲に
 聳える富士の姿こそ
 金殴無欠揺ぎなき
 我日本の誉れなり」
 もっと簡単な歌もあった。日本帝国の誕生を祝した「紀元は二千六百年」でこれはツーコも全部一人で歌えた。
「金鵄輝く日本の
 栄えある光り身にうけて
 いまこそ祝へこの朝
 紀元な二千六百年
 あ々一億の胸はなる」

 そのころ正輝は空いた時間を沖縄の弦楽器、クーチョーの製作に余念がなかった。音響部分にはヤシの皮を使った。楽器の本体にはバルサムの木を使い、かんな、のみ、やすり、のこぎり、ナイフなどの大具道具で丹念に作った。4本の糸はやはり沖縄楽器の三線と同じ糸にした。3本の糸は同じふとさだが、4本目は音調をかえるために糸を伸ばせばよかった。馬のたてがみを張った弓も彼が作ったが、そのまま使っては良い音が出ず、弓を引いたときの摩擦を強めるためタールを塗った。そうすると、更に鼻にかかったような美しい旋律が生まれた。何度も練習してから、沖縄伝統音楽の口説(クドゥチ)が歌えるようになった。口説はメロディーが難しくなく、いろいろな歌詞がある。正輝が歌えるのは「上り口説(ヌブイクドゥチ)」だった。

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