ホーム | 特集 | 【2020年新年号】 | 【2020年新年号】秋田銘酒『太平山』=酒蔵の跡取り、ブラジル修行中!=小玉智之さん(26)=きっかけは45年前の絆

【2020年新年号】秋田銘酒『太平山』=酒蔵の跡取り、ブラジル修行中!=小玉智之さん(26)=きっかけは45年前の絆

AZUMA KIRINカンピーナス工場で酒造りに携わる面々

 秋田銘酒『太平山』の蔵元、小玉醸造株式会社(小玉真一郎社長)に勤める小玉智之さん(26、秋田)が、昨年4月からAZUMA KIRIN社(尾崎英之社長)で1年間の酒造り研修を行っている。将来の日本酒文化の担い手である彼が、ブラジルに何を求め、どんなことを得たのかを聞いた。

老舗醸造食品メーカー

 秋田県潟上市飯田川飯塚に本社を置く小玉醸造株式会社は、1879年創業の老舗企業。醤油、味噌、日本酒を製造し、『ヤマキウ秋田味噌』は県内一の生産量を誇る人気商品として有名だ。
 1913年に始めた酒造業では、銘酒『太平山』が有名で、全国新酒鑑評会をはじめとする国内外の品評会で幾度も金賞を受賞している。創業者は小玉久米之助。現社長の真一郎さんは五代目で、智之さんは真一郎さんの長男だ。

「煮え切らない」将来

 幼い頃から地元有名企業の息子として育ち、自身の進路を聞かれた際には期待を汲んで「跡継ぎ」と答えていたが、生活の中で家業に携わる機会は少なく、良いものを造り評価される父母の姿には憧れていたが、跡継ぎや酒造りに対しては「煮え切らない」思いを抱えていた。
 東北大学生時代には「将来的に小玉醸造に入るとしても、いま入社しては社長の息子ということで甘やかされてしまい、自分は成長できず、会社にも悪い影響がでる。まずは他所で働いて自分を磨き、一人前にならなければ」という思いから、在京の食品メーカーへの就職を希望した。しかし、結果は不調。頭を抱えた。

唐突にブラジル修行案浮上

 ある日、知人の紹介からキリンビール関係者と面談する機会を得た。「あわよくば就職に繋がる何かが得られるかもしれない」と淡い期待を抱きながら面会し、自身の思いを伝えると、関係者は「成長が望みならブラジルで修行してみるのはどうだろう」と提案した。
 関係者は、ブラジルのAZUMA KIRIN社がその前身の東山農産加工社時代に、キリンビール社の仲介で小玉醸造から技術指導を受けていたことを知っており、「今度は小玉醸造のために一肌脱いでもらえないか頼んでみよう」と話した。

国際経験豊かな小玉家

智之さんの祖父の小玉順一郎さん。日本酒造組合中央会の会長も務めた人物。1975年に東山農産加工社が新工場を建設する際、技術・施設設計指導を請け負った。写真は新工場落成式に参加した際のもの(小玉醸造株式会社提供)

 突然のブラジル修行案に面食らったが、次第に興味が湧いた。と言うのも智之さんの母方の祖父は電機メーカーのNEC社に勤務し、ブラジルに駐在。その関係から母の英子さんは幼少期をブラジルで過ごし、親戚の集まりではブラジルでの生活の思い出話を聞く機会が多くあり、ブラジルへの憧れがあった。
 また、昨今の日本酒業界は国内消費量の落ち込みを海外輸出量の増加で補うという経営戦略が基本となりつつあり、海外での酒造りから得られる知見は今後必要となる可能性が高いと踏んだ。
 父・真一郎さんにブラジル修行案について話すと「面白いじゃないか」と好意的。真一郎さんも大学生時代に米国へ留学し、海外経験を積んだ。英子さんともそこで出会った。2人は共に英語が堪能で、海外での営業活動は社長夫妻が率先して行っている。若い頃の海外経験が如何に重要かを知っていた。

「45年前の恩。ぜひ協力しましょう」

AZUMA KIRIN社尾崎英之社長「順一郎さんの協力があったからこそ今の我々がある。少しでもその恩に報いられたらという思いで研修を引き受けました。技術や知識だけでなく人の繋がりの大切さも学んでもらって、将来の酒造りに当地での体験を活かしてもらえたら嬉しいですね」

 関係者の仲介を得て、AZUMA KIRIN社の尾崎社長と連絡が取れるようになり、その思いを伝えると尾崎社長は「45年前の恩。ぜひ協力しましょう」と快諾。同時に、日本人青年にブラジルでの研修プログラムを提供するブラジル日本交流協会(神戸保会長)にも協力を仰ぎ、2019年4月からブラジル修行を行うことが決まった。
 2018年3月、大学を卒業し、地元秋田へ帰郷。ブラジルへ赴く前に少しでも日本酒造りの基礎を築く為、小玉醸造に入社し、朝5時に起きて仕込みに参加した。しかし小玉醸造の日本酒の仕込みは冬季に集中して行われるため、約1カ月で終了。それからは、独立行政法人酒類総合研究所(東広島市)へ出向し、酵母の働きに関する研究を行いながら専門知識の習得に努めた。

酒造りの魅力に目覚める

 研究所では研究の傍ら、各種実習に参加した。中でも3カ月間に渡って行われた吟醸酒造り実習は、智之さんの日本酒観に大きな影響を与えた。同実習では実際に一から吟醸酒を作る。「日本酒造りは体力的に辛い作業も多いのですが、完成した酒を飲んだ時、全ての作業はこの澄んだ味わいを作り出すために必要なものだったんだと理解できました。大変でも手を掛けただけ良い物が出来るという実感を得てからは、どういう工夫を施そうか考えるのが楽しくて仕方ありませんでした」。
 「煮え切らない」日本酒造りへの思いは一変。渡伯までの日々は創意工夫の喜びを追い求める中で、あっという間に過ぎていった。

ついにブラジルへ

 2019年4月。いよいよ渡伯し、AZUMA KIRIN社カンピーナス工場での酒造り研修が始まった。
 カンピーナス工場は聖市から北西に約125km、車で約1時間30分の場所に位置し、周辺には緑豊かな自然が溢れる。72人の伯人従業員が勤めており、清酒、味噌、醤油等の製造を行う。清酒製造には主に22人が従事している。
 清酒製造では日本から輸入した麹菌や清酒酵母を使用。麹米も手作業で製造している。工場内の生産要所には冷房が設置され、温暖なブラジルの気候でも一年を通して清酒が製造できるようになっている。巨大な発酵タンクが何本も設置され、日本製の精米機、上槽(醪を搾り、酒と酒粕に分ける)機器も導入済み。併設された分析室では日々の発酵状態が測定管理され、日本の製造環境に近い状態で酒造りが行われている。

吟醸プロジェクトに参加

大型発酵タンクの櫂入れ作業を行う小玉さん

 住居から工場まではバスで1時間の距離。8時の始業にあわせて出社する。最初の2カ月は味噌や醤油などの製造現場にも配属され、工場全体の様子を知る期間にあてられた。6月からは「吟醸酒品質向上プロジェクト」への参加が許された。
 同プロジェクトは、サケピリーニャの流行が一段落した昨今、高品質酒の需要が増加しつつあり、同社の吟醸酒の品質向上させることで、需要に応え、その需要をより喚起しようというもの。
 広島の研究所での体験から酒造りの工夫に意欲を燃やしていた智之さんは喜んでプロジェクトに取り組んだ。「酒の品質向上は一人の力だけでは絶対に出来ません。その酒に携わる全ての人の協力が必要です。プロジェクトに参加させてもらう中で、伯人同僚の皆に良い酒が造れるように協力して欲しいということを言葉ではなく、熱意や姿勢によって理解してもらえました。熱意が言葉や文化の壁を越えて通じるんだという体験はかつてないほど自分の力になりました。良い酒を造りたいという同じ目標に向けて一緒に頑張った同僚との絆は宝物です」。
 智之さんはこれまでの研修を振り返って「今回の研修が実現したのは、祖父の代から続く人の縁と、それを大切にしてくれるAZUMA KIRIN社の皆さんのお陰。自分もその繋がりを大切にして繋いでいきたい」と語り、今後については「日本に戻ってからのことはまだ決めていませんが、ブラジルが好きなのでまたぜひ戻ってきたいです」と話した。

image_print

こちらの記事もどうぞ