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臣民――正輝、バンザイ――保久原淳次ジョージ・原作 中田みちよ・古川恵子共訳=(194)

 アンジェリーナ夫人の家の時間のかかる配達がくり返されるようになると、房子は自分が考えていることが起きていると確信した。マサユキにそれとなく聞いてみた。「アンジェリーナ夫人はパパによくしてくれるの?」(彼女は夫について子どもと話すときはパパと呼んだ)内心彼女は浮気相手が夫によくしてくれることは分かっていた。
 マサユキは「よくしてくれる」という母の皮肉が、病気にもお金にも関係なく別の意味で「よくしてくれる」ということだと分かっていた。だが、そのことで母さえ憤慨しているようすもなく、いつものように平然と振舞っているのだから、じぶんが腹を立てることはないと思った。そして、正輝、妻、長男の3人の沈黙協定が結ばれた。保久原家族の生活はなんの変哲もなくつづいた。
 状況に変わりなかったが、ある日、正輝が都合で朝市に行けなくなり、房子が配達に行った。夫の不貞に確信をもってからはじめてアンジェリーナ夫人に再会したが、いつもどおりで、動揺することもなかった。
 ほかの日、房子はマサユキに配達を頼んだ。家の場所や様子、配達品を事細かに説明した。彼女の容姿についてもできるだけ詳しく伝えた。マサユキは母の指示に従った。ドアの前で手を叩くと夫人があらわれたが、そのときなんとも言えない気持ちになった。たしかに母が言ったとおりの人だ。だが、なぜか分らないが納得できないのだ。もしかしたら、彼女と会うこと事態に納得していなかったのかもしれない。
 だが、夫人は優しく、快く迎えてくれ、家に入るよう言った。彼は夫人を知らなかったし、紹介されたこともなかったので、家には入らなかった。配達品を渡すと、ドアの外につったっていた。夫人は彼の行動が理解できず「ぼうや、なにか待っているの?」と訊ねた。アンジェリーナ夫人はマサユキの名前を知らなかったのだ。
 もし、自分から名前を言っても、多分彼女は発音できなかっただろう。「あのー、勘定をお願いします」というと、夫人は「そのことだったら、お父さんのジョンと清算しますから」と答えた。ジョン? マサユキにはたしかにそう聞こえた。そうなのか。彼女は父さんのことをジョンとよんでいたのだ。家につくと品物のお金を持って帰らなかったことを説明したが、ジョンの名は決して口に出さなかった。房子は「彼女から受け取らなくてもよかったんだよ」とマサユキを安心させた。

 成長するに従って、子どもたちの性格がはっきり現れてきた。家の仕きたりにしたがって、年下の者は長男と父を敬った。態度、行為、仕事、学業、父母との関係において、同じという子どもは一人もいなかった。アキミツは勉強熱心で、アララクァーラ州立高校に予備校なしにまっすぐパスした。兄弟で一番強情な人間だった。長男ではないので、母親からうとんじられ、長男のマサユキをなにごとにも優先しなくてはならなかった。かれはどの兄弟も同じような扱いを受けるべきだと考えていた。日本人の家庭では弟は兄を尊敬したが、その兄が長男でなくても一目置いた。けれど、保久原家はそうではない。アキミツは長男マサユキ以外の兄弟たちと同等に扱われ、だれも年上として扱ってくれなかった。彼を呼ぶときは「アキチョー」と怒鳴りつけ、まだ4歳にもならないヨシコさえそう呼んだ。

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