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臣民――正輝、バンザイ――保久原淳次ジョージ・原作 中田みちよ・古川恵子共訳=(205)

 引越し荷物は多くはなった。ガスレンジはまだなかった。家族が少なかったころから使われていた古いベッド、台所用品、衣類など。値打ちあるものといえばジャカランダ材のテーブル、食器棚つき戸棚だけだった。この戸棚は20年ちかく使われ、移転するたびに運ばれたのに、疵ひとつなかった。また、引越し後しばらくの間、困らないように房子が何ヵ月もかけて用意したラードと豚肉入りの缶、それに餞別に近所の人からもらった生きた七面鳥もあった。
 マサユキとアキミツは引越し荷物といっしょに1937年型の古いフォードのトラックに乗って目的地に向った。トラックはアララクァーラ─サンパウロ間のワシントン・ルイス街道とアニァングェーラ街道の穴だらけの道を、揺れながら爆音をたてて走った。もっとも、アニァングェーラ街道はカンピーナスからサンパウロまではアスファルトの道だった。正輝夫婦はネナ、セーキ、ヨシコ、ジュンジの4人の子を連れて2等席の汽車で向った。ミーチとツーコは学期初めしか転校が受け入れられず、すでに9月になっている現在では連れていっても1年むだになると思い、田場家に預かってもらうことにした。同じ年の子がいて、だいじにしてくれる。とくにミーチは家内のウマニーから乳を飲ませてもらったこともある。正輝は12月に迎えにくることにした。

 引っ越した家はすべてが新しかった。建てたばかりで、初めての借家人である。家の前面は5メートルほどあった。入り口の前に2・5か3メートル幅の庭があった。塀は低く、地面から30センチほどレンガが積まれ、その上には3本のパイプが同じ間隔に横にはめてある。そのため、庭が外から見える。
 その庭の後ろは軒がかかった1・0か1・5メートルの赤い六角形のセラミックが敷かれたテラスになっている。テラスの後ろに応接間の窓があり、その右に応接間の入り口がある。応接間の床はジグザグの板タイルが敷かれている。廊下も寝室も同じように板タイル張りだ。
 台所と仕事場は白黒の四角型立方体もようのタイルが張られている。階段と手すりはセメント張りで、家と同じ色で塗られている。色は汚れが目立たないように真っ白ではなく、黄みがかった白だ。階段からおりて、地下室になっている仕事場には1・2メートルほどの戸があり、床はセメントで、ドアを開けると、かび臭いにおいが鼻につく。
 寝室は3つ。はじめのは夫婦用。2番目のは兄弟用、3番目のが姉妹用だ。今のところ2番目の寝室にはマサユキ、アキミツ、セーキが寝る。ミーチは学期末までアララクァーラにいるからだ。末っ子のジュンジは夫婦の寝室におかれた仏壇の前のベビーベッドに寝る。ジャカランダの家具は応接間によくマッチしていた。
 10年前、田場けんすけのところの借地農で、あの事件のあったときに住んでいた家ほど大きくはないが、正輝がいままで住んだ家のなかではいちばん住み心地がよさそうだ。家具がきちんと納まると、父は息子にいった。
「いい家を選んだな」
 ネナは台所の水道の流れぐあいや、料理をする間、鍋や器がおける大きな流し台をみて喜んだ。皿を洗うのにも都合がいい。けれども、一体どこで煮炊きするのだろう。今まで住んだ田舎のどこのうちにもあるかまどがないのだ。
「だいじょうぶだ! レンジを注文した。明日、届くことになっている」と正輝が説明した。

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