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臣民――正輝、バンザイ――保久原淳次ジョージ・原作 中田みちよ・古川恵子共訳=(207)

 期日までに仕事を仕上げる。それは意志と努力と運によった。とくに、運はその時の天候が大きく影響した。彼らは太陽だけが頼りだったのだ。当時タービンとよばれた遠心利用の絞り機をもっていなかった。つまり、乾燥機がなかったのだ。だからお客さんの要望に応えるのに、天気の良し悪しに左右されたのだ。意志と努力は自分たちでどうにかできた。しかし天気だけはどうすることもできなかった。
 しばらくの間は以前の持ち主、稲嶺セイミツがいっしょに働いてくれた。仕事に慣れさせ、前からの顧客を紹介し、彼らの働きぶりを確かめるためだった。それは正輝を安心させた。商売に慣れ、次第に自信をつけながら子どもたちと仕事をつづけていけば、大事にいたることはないと思ったのだ。
 仕事は結構あった。みんな休みなく懸命に働いた。正輝だけはズボンや上着をゴシゴシ洗い、それらを日に当てるため干したら、近所を知るために家を出た。
 大家のマニールはへんなポルトガル語を使った。マダレナ夫人はシリア系のブラジル人で、イヴォネ、アルレッテ、イヴェッテの三人の娘がいた。太って、毛深のマニール氏は上半身はだかで過ごした。体臭がきついので入浴嫌いが想像できる。朝市で果物を売り、残りは住居の奥にある小屋に保管していた。毎日、馬車に果物をいっぱい積み市場に出かけた。あまりたくさん荷を積むので、馬か荷車がダメになってしまうような印象をあたえる。車の軸がひん曲がって今にも折れそうに見える。何でも最大限に利用するのが彼の好みのようだ。自分の体もできるだけ大きくしようと考えているのだろうか。そんなに肥った彼も馬車の上では小さく見えた。
 男と家族はなぜだかまったくつり合いがとれていなかった。住んでいる家は広々し、快適でいつも掃除が行き届いているのに、彼は人を不快にさせるほどだらしなかった。家族も彼と不釣合いで、マダレーナ夫人はあか抜けていて、ポルトガル語もきちんと話した。他のシリア系同様、美味なキビ(挽肉と粒小麦をまぜたアラビア料理)を作った。娘たちも母親と同じように、容姿端麗で、教養もあった。長女は教師になるため勉強中で、次女は家でピアノを教えるために、ピアノを習っていて、そのためのピアノもすでに家にあった。まだ子どもの末っ子は、いつもきちんとした身なりをしていた。
 外見にかかわらず、マニール氏は商売では成功していた。町の中心地近くに大きな土地を所有していた。その土地はセナドール・フラッケル街に面して40メートル以上の巾があった。土地には馬車のための入り口があり、朝市にだす品物を納める貯蔵庫に通じていた。その後ろに前面15メートルの住居があり、心地よいテラスのような玄関があった。住居の横に通路があり、奥の土地につながっていた。
 そこには正輝が洗濯物を洗う場所の他に何軒もの借家があった。そのまた奥に賃貸のサロンをもっていた。ひとつは正輝がやっているサンジョゼー洗濯店、もうひとつはオルランド氏の靴修理店、三つ目はリトアニア人、アルバル・タヴィシウスの肉屋だった。マニール氏の家からみるといちばん奥になるが、実はこの三つのサロンはセナドール・フレイタス街に面してもいるのだ。

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